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152章 『幸福とはポエジー(詩)である』 と語る アランの言葉 7月20日、土曜日、午後4時を過ぎたころ。 上空には灰色の雲から青空も見えたけど、ときどき小雨がぱらついている。 6月7日ころに始まった長い梅雨だ。 川口信也(しんや)と森川純(じゅん)、岡林明(あきら)、高田翔太(しょうた)の、 クラッシュ・ビートのメンバー4人が、吉祥寺の焼き鳥屋の『いせや』のテーブル席で、 ゆったりと一杯やっている。4人ともまだ独身だ。 彼らは学生のころから、ここから近くのライブハウスの『クラブシータ』や 『ブラックアンドブルー』とかで、ライブやパーティをやったあとは、 この『いせや』で一杯やるのが定番だった。 美味(おい)しい焼き鳥が、一本、単品で90円という庶民派感覚の『いせや』は、 JR吉祥寺駅北口から歩いて5分ほどだ。 信也たちは、焼き鳥やもつ煮や枝豆や酢のもの盛り合わせやお新香をつまみながら、 生ビールや生酒(冷酒)や焼酎緑茶割りとかを楽しんでいる。 「それにしても、京アニに放火した青葉って男は、ひどいヤツだよね」 岡林明(あきら)がそう言った。 岡林明は、1989年4月4日生まれ、30歳。 早瀬田大学・商学部卒業後、大学のバンド仲間の純に誘われて、 外食産業大手の株式会社モリカワに入社。下北沢にある本部で課長をしている。 ロックバンド・クラッシュ・ビートの、ギターリスト・ヴォーカリスト。 「おれに言わせれば、あいつは、人間じゃないね。それも動物以下だよ。微生物以下。 生き物として認めたくないね。まあ、凶悪・卑劣・冷血な殺人鬼ところで、 あの世に行っても地獄から出られないさ。あっははは」 高田翔太(しょうた)はそう言いながら笑った。 高田翔太は、1989年12月6日生まれ、29歳。 早瀬田大学・商学部卒業。現在、下北沢にある株式会社モリカワの本部の課長。 大学時代からやっているロックバンド、クラッシュ・ビートのベーシスト・ヴォーカリスト。 「青葉ってヤツはさあ。まず、愛ってものが、何もわかってないわけじゃん。 それなのに小説を書いているって、信じられないよな。 あの事件直後に、「京アニに投稿した小説が、盗まれたので火をつけた」って言っているらしいけど。 頭が狂っているヤツの言いそうなことだよね。 犠牲になった人とかのことを思うと、かわいそうで胸が痛むけど。 しかし、いまの社会には、青葉みたいに、頭の狂っているのが多いくて困るよね」 森川純がみんなの目を見ながら、そう言った。 森川純は、1989年4月3日生まれ、30歳。 早瀬田大学・商学部卒業。現在、株式会社モリカワの本部の課長。 父親は、モリカワの創業者・社長の森川誠(まこと)。 ロックバンド・クラッシュ・ビートの、ドラマー・ヴォーカリスト。 「おれはね、世の中の人間が、あの青葉みたいに、人間失格というか、翔太が言うように、 人間以下の微生物以下になっていく原因には、 まず、純ちゃんも言うように、第1には、人の痛みがわからなくて、想像できない。 つまり『愛』が理解できないとがあると思うよ。 第2には、詩的なセンスがないだろうね。美しいものが理解できない人間なんだろうね。 そして第3には、この自然界で生きていることの感謝する心とかがないことがないとがあると思うよ。 この3つを持っていれば、普通は、あんな殺人鬼にならないだろうね。 そんな普通の人間として、持っているべき心というか想像力が、衰退したり欠如しているから、 人を傷つけても平気な無神経な人間が多いんでしょうね、いまの世の中・・・」 いい気分で冷酒に酔いながら、川口信也がそう言った。 川口信也は、1990年2月23日生まれ、29歳。 早瀬田大学・商学部卒業。純に誘われて、株式会社モリカワに入社。 下北沢にある本部の課長をしている。 クラッシュ・ビートの、ギターリスト・ヴォーカリスト。 信也は、さらに話をつづける。 「最近ついついと考え事していて、おれは思うんですけど、愛とか美とか自然界って、 哲学者のウィトゲンシュタインも言うように、語りつくせないものですよね。 ですから、ちょっと考え方の方向というか、視点を変えてみたんですよ。 じゃあ、幸福に生きるためにはどうしたらいいかって、考えてみたんですよ。 幸福について語った人では、アランの『幸福論』は、よかったです。 アランは、こんなことを『幸福論』の中で言ってますよ。 『およそ、幸福というものは、ポエジー(詩)であり、 ポエジーとは行動を意味するからである。人は棚ぼた式の幸福をあまり好まない。 自分で作り上げることを欲するのだ。子どもはわれわれの庭を見向きもせず、 砂の山や麦の切れっぱしなどを使って、自分で立派な庭を作る。 蒐集(しゅうしゅう)を自分でしなかった蒐集家というものが考えられようか』 子どもって、結局のところ、ポエジー(詩)的な存在なんでしょうし、愛とか美とか自然界も ポエジー(詩)なんでしょうね。だから、そんなポエジー(詩)がわからない人間には、 幸福がわからないんだろうし、幸福には生きられないですよね・・・」 「そうだよなあ。幸福って、ポエジー(詩)と同じことなんだろうね。 幸福にもポエジー(詩)にも、愛も美も自然もあるわけだから。 さすが、しんちゃんだね。あっははは」 そう言って、冷酒にご満悦の純が笑う。 「しんちゃん、さすがに、鋭いね。あっははは。幸福って、ポエジー(詩)無しには、 実現不可能なわけだよね。あっははは」 ビールジョッキを片手に、高田翔太はそう言って笑う。 「世の中って、ポエジー(詩)を大切にしていない気がするしね。 それだから、幸福な社会も、どんどん遠のいてるんじゃないのかなあ? まあ、こんな世の中だから、おれたちも、もっとポエジー(詩)を持って、 音楽やって、幕末の志士たちみたいな気持ちで、世直ししていかないと!あっははは」 そう言って笑いながら、岡林明は焼酎緑茶割りを飲む。 「よーし、幕末の志士のように、音楽に命をかけてみようか!ね、みんな!」 純がそう言うと、みんなで大笑いをした。 ≪つづく≫ --- 152章 おわり --- ☆参考文献☆ 1.幸福論 アラン 串田孫一・中村雄二郎=訳 白水ブックス 2.ウィトゲンシュタイン:モチベーションの上がる言葉51選 http://motiv.top/word/wittgenstein/ 3.心の哲学まとめWiki ウィトゲンシュタイン https://www21.atwiki.jp/p_mind/pages/75.html |