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140章 信也と竜太郎、バーで歓談する 5月26日、土曜、午後4時を過ぎたころ。よく晴れた青空だった。 信也と竜太郎は、久々(ひさびさ)に予約していた、 ザ・グリフォン(THE GRIFFON)渋谷店のカウンターで、生ビールを飲んでいる。 店は、渋谷駅から歩いても2分で、クラフト生ビールが数多く揃(そろ)っている。 「ここのソーセージはうまいですよね!」と信也は竜太郎に言った。 「うん、このソーセージとさあ、このキャベツの漬物の、ザワークラウトっていったっけ、 ビールとぴったりだよね!さすが、渋谷の人気店だ。あっははは」 そう言って、竜太郎も笑った。 竜太郎は、1982年11月5日生まれ、35歳の独身。 身長178センチ。優(すぐ)れた頭脳と スキル(技能)で、 社長が父親ということもあったかもしれないが、 若くして、外食産業最大手のエタナールの副社長だ。 こうしてほろ酔いのいい気分でも、店の人気の分析も緻密にしている。 川口信也は、1990年2月23日生まれ、27歳。 急成長している外食産業、株式会社モリカワの、本部の課長。 またロックバンド、クラッシュビートの、ギターリスト、ヴォーカリスト。 また信也をモデルにした主人公が活躍する、マンガ『クラッシュビート』や、 その実写版映画『クラッシュビート』で、最近の信也は時の人になっている。 2013年12月、信也が課長をしている外食産業のモリカワに対して、 M&A(買収)をしかけた竜太郎たちエタナールだったが、それは失敗に終わる。 それ以来、妙に気が合うことから、信也と竜太郎は、仲のいい酒飲み仲間だ。 「あっははは。しんちゃんは、おもしろいよな。しんちゃんと酒が無かったら、 おれも、生きていても、たぶん、つまらなくって、死にそうだと思うよ。あっはは」 「でも、よかったですよ、竜さんも、マライア・キャリーを好きなんで。 アレサ・フランクリンが1位で、マライア・キャリーが79位っていうのは、 おれ、ホント、納得いかないんですよ。 彼女の持つ18曲の全米No.1シングルは、ビートルズに次いで歴代2位なんですよ。 それは、女性アーティストとしては堂々の1位なんだし、 ソロ歌手としては、エルヴィス・プレスリーと並(なら)ぶ歴代1位なんですもんね。 それなのに、『ローリングストーン誌が選ぶ最も偉大な100人のシンガー』では、 同じ女性なのに、アレサ・フランクリンが1位、マライア・キャリーが79位なんですからね」 「おれも、マイオール(My All)とか、ウィズアウト・ユー(Without You)とか、 彼女のバラードは、特に好きですよ」 「あの彼女の歌唱力は驚異的ですよね。神秘的な域ですよ。 実は、竜さん、彼女の歌を聴いていると、いまも、彼女の歌唱力にはふと憧れるんですよ」 「歌うことが好きな人なら、誰でも憧れるんじゃないかな、マライアの歌唱力は、 きっと天才だからね、しんちゃん」 「そんな彼女も、人生では、けっこう、悩みも多くて、普通の人生のようですもんね」 「人生で、何が大事かって、本当のところ、お金(かね)でもないし、 地位とか名誉でもなし、物質的なものとかでもないよね。 何かに感動するとか、何かを愛おしく思うとか、そんな優(やさ)しさとか、 愛のようなものに、自分の心が触(ふ)れたり、感じることだよね。 そんなことを、おれも、よく思うよ。 だから、しんちゃんが言うように、みんなで幸福に生きるためには、 人は、誰もが、芸術家のように生きるべきなんだろうし、 人生は、結局は、その人の作品なんだよね。 だから、芸術って、そんな世界の実現のためにも大切な活動なんだよ。 人を思う想像力や優しい心を育てるためには、芸術が大切だと思うよ。 その中でも、ロックンロールは、アバンギャルドな芸術だよね。しんちゃん」 「そうですね、おれも、そのとおりだと思います、竜さん」 信也と竜太郎は笑った。 ≪つづく≫ --- 140章 おわり --- |