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タイトル:盲点「RAS/江戸プロトモダニティー」は安倍晋三ら偽装極右派の天敵(2/3)  2017/06/08


[希望のトポス]盲点「RAS/江戸プロトモダニティー」は安倍晋三ら偽装極
右派の天敵/仏教と国家神道の“量子的もつれ”、「神仏習合史」に真相が隠
されている(2/3)

(注)お手数ですが、当記事の画像は下記URLでご覧ください。
http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20170518 

2 刮目すべき江戸プロトモダニティーの現代的意義(その重要性)


2−1 日本「正統保守」の心髄、美と礼節の絆(江戸プロトモダニティー)
の発見


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ピーター・ノスコ他編『江戸のなかの日本、日本のなかの江戸』―柏書房―
によると、J.F.クーパー(1789 – 1851/米国の作家・批評家)は、1838年の
著書『平等について』の中で「今や我々は権利の平等を謳う文明社会の住人で
あるとはいえ、同時に、本質的には個人間に線引きをしていることに変わりが
ない。つまり、それでもなお我々は“何らかの差異を相互に意識させられてお
り、逆説的に差異と平等を同時に求める矛盾した存在”」なのだと嘆いている
(ピーター・ノスコ:カナダ、ブリティッシュ・コロンビア大教授/日本思
想史)。


このことは、イデオロギーや政治制度を超えた<人間社会における逆説の真
理>として先ず受け入れておくべきかもしれない。だからといって、この真理
は文明の果実を享受する現代の民主主義社会を全否定するものではなく、むし
ろ肝心なことはそのような前提(その逆説の真理と矛盾)の先にこそあると考
えられる。それは、このような観点に立ってこそ初めて民主主義の完成は持続
的なテーマであることになるからだ。


ところで(ここで述べた内容とは真逆のヴェクトル構図となるがw)、例えば
徳川幕藩体制下の日本でも、「れっきとした封建的身分制の江戸時代」であっ
たにも拘らず<似たような意味での真理を含む逆説>が、言い換えれば<封建
制の身分差を超えた水平空間への希求>が存在したのであり、その分かりやす
い典型が同じくCover Imagesで取りあげた『千住酒合戦』の事例である。そし
て、池上英子『美と礼節の絆』は、「その水平空間は江戸期における“弱い紐
帯としての公”故の強みでもあった”と述べている。


無論、俳句・和歌・絵画らの文芸や趣味の交遊(交友)関係の拡がりは江戸期
社会における公式の見方では劣位の私的領域と見なされていたものの、徳川幕
府の分割統治で閉じ込められ分断されていた人々が、こうして私的領域(弱い
紐帯の平等なパブリック圏)で結びついていたばかりか、文芸の世界という共
通の媒介項によって共通の歴史を持つことになったのは確かだ。


その意味で、日本の文化的・美的イメージは、近代日本の国民国家が勃興する
より遙か前に、この国の「水平・平等空間(弱い紐帯の平等なパブリック圏)
を求める、多数派層の人々の自律定な自己意識」の中心的な受け皿になってい
たと言える。これが、刮目すべき「江戸プロトモダニティー」の意義である。


俳諧・狂歌・川柳には「連」と呼ばれるネットワークがあり、江戸・大坂など
大都市だけでなく、文人・作家・絵師らをも巻き込むその繋がりは全国に拡が
っていた。また、江戸期においてはその根本的な歌風の革新こそ余り見られな
かったが、やはり和歌(鎌倉時代ごろから興り南北朝時代から室町時代にかけ
て大成された)についも、上は貴族・武士階層から下は農民・町民に至るまで
凡ゆる身分層の人々がそれを愛好していた。


ところで、これらの文芸や趣味を支える日本美学の元は「皇室・朝廷文化」に
ルーツを持つ「伝統美と公的な礼節のパブリック圏」(日本の文化と学芸の両
領域における皇室(朝廷)・貴族文化の公的権威を象徴する「有職」に関わる
知識・教養・知恵の共有空間)であり、しかも「日本史の竜骨(keel/大公儀
のバックボーン、の比喩表現)」でもある天皇制の根本には、古代期から受け
継がれてきた象徴的・美的パブリック圏(日本文化の中核を成す正統保守的な
“美と礼節”の象徴)の問題がある。


他方、一般社会における日常的な交際文化(文芸や趣味の領域)に関する限り、
そこには『江戸プロトモダニティー』の名に値する水平空間(弱い紐帯の平等
なパブリック圏))が紛れもなく存在したのであり、それこそが明治維新〜現
代にまで繋がる日本の近代化・現代化(民主主義化)を準備する非常に良質な
胎盤となった。つまり、それは決して幕末〜維新期に準備され、偽装極右派
(現在の安倍自民党政権らに繋がる)が上から押し付けた「尊皇愛国テロリズ
ム妄想」(国民主権を否定する天皇の密教的政治利用)の賜物ではなかったの
である。


2−2 江戸プロトモダニティーが17世紀オランダの日常礼賛(T.トドロフ)
と共鳴!/経済のリアリズム(正統保守的ポピュリズム感性の謳歌)に関わる
二つの源流


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「写実、寓意(道徳、啓蒙)、画家自身の眼という三要素がもつれて格闘(entangle)するプロセスの中に17世紀オランダ(レンブラントの時代とも称
された近世オランダの黄金時代)の画家たちは、単純にそれら三つの夫々には
還元できない、ある種の人間的で統合的な美意識を伴うリアルな文化的・経済
的な新しい価値創造の作用を発見した」とツヴェタン・トドロフ(仏の文芸批
評家)は著書『日常礼賛』(白水社)で主張している。 


つまり、これら三つの要素と中間市民層の『日常生活』(それへの飽くなきこ
だわり)という日々に変化するエトノス(自然&世界観)との緊張関係の中で
彼らは次々と「美意識と経済フロンティア(多元的付加価値の創造作用)」を
発見し続けた。それは<資本主義経済の持続性(その結果としての成長)を請
け負い保証するプラットフォーム(共感に満ちた水平空間と市場ネットワーク)
が普通一般の市民層の日常生活>の中にこそ存在するという発見であった。 


それまで圧倒的な宗教権力の支配に従属してきた人間の本質的なもの、いわば
<自由意思と正統宗教意識の適度な調和と距離感を重視する啓蒙思想(信頼・
信用を繋ぐ共同主観性、言い換えれば政教分離という理想空間のイデオロギ
ー)>にこそ相応しい、多数派市民層が中心の“日常生活”(反知性主義なら
ぬ中庸な正統保守ポピュリズム)の意義の発見ということだ。無論、この当時
のオランダの「政教分離」は、まだ未完の「発展プロセス途上」ではあったが。


そして、それに必要な一定限度の貨幣「量」およびその多数派市民層(17世紀
オランダでは各自治都市の自律意識を持った一般市民層)の日常生活を支え得
る、過剰(バブル)にならぬ程度のほどほどの貨幣流通「速度」の確保の意味
(重要性)の再発見にも重なる(ツヴェタン・トドロフ著『日常礼賛』につい
ての更なる説明は下↓▲8を参照)。なお、経済学で貨幣流通「速度」とは同
一の貨幣が一定期間内に何回持ち主を変えるかの平均/実はほとんど忘れられ
てきたが、ケインズはこれを最重視していた!)

▲8 新国家観が欠落する偏狭『AI万能GDP600兆円の未来/アベノミクス教』
は日本瓦解のプロセス!一方、啓蒙主義ルネサンスを説く『民主主義の内なる
敵』の著者、T.トドロフは『日常礼賛』で未来の可能性を見据える2016-11-07・toxandoriaの日記、http://urx.blue/DrO5


ともかくも、17世紀オランダの市民生活(イギリス産業革命から100年以上も
前の時代)で何よりも重視された価値は多数派中間層の日常生活(日常礼賛)
であった。また、この時代のネーデルラント共和国(ほぼ現在のオランダに
重なる)辺りの各自治都市住民の『日常生活』ニーズは衣食住の満足だけで
はなく、画商を通して一定の経済価値を伴いつつ新たに発見される芸術(美)
的価値(特に絵画)等がそのジャンルに入っていた。

このため、中産層市民の各家庭は少なくとも1〜2枚以上の絵画作品を所有し
ており、17世紀オランダでは既に他国に先駆けて、画商の活躍が活発であっ
た。因みに、『日常生活』の関わりで、オランダ新教徒内部では神と人間を
巡る<自由意思>に関わる論争が行われてきたが、それは現代の<新自由主
義>を巡る論争にも繋がる重要な問題である。


更に、より重要なのは、このトドロフが描写する17世紀オランダ市民社会の日
常生活の場面でも文化・経済パワーが身分差を越えた一定の「水平空間」で躍
動する光景が観察されており、それが日本の江戸期(17〜19世紀)におけるプ
ロトモダニティーと深く共鳴する点があることだ。


・・・ところで、その「江戸プロトモダニティー」(弱い紐帯の平等なパブリ
ック圏)は、特に下の5つの点において17世紀オランダのみならず凡よそ17〜
19世紀頃の啓蒙期ヨーロッパ諸国の市民社会よりも遥かに優れた点が多く見ら
れることに驚かされる(上掲の『美と礼節の絆』より一部分を抜粋・転載し、
更に(2)などの内容を若干補足した)・・・ 


(1)取引情緒コスト、礼節(civility/市民社会に必須の中間ゾーン)の発見

・・・今や世界的に大きな影響を与えつつある非常に悪趣味で野暮(反知性主
義的、poo的)な米国トランプ大統領的「取引/deal」感覚とは全く異質な「取
引に要する美的感覚を仲介する情緒コストとしての礼節」という、ある意味で
斬新な人間性(人間としての悦びを持続させるには礼節が必須だとするリアリ
ズム)の発見、そして「それが齎す信頼性の水平空間(弱い紐帯の平等なパブ
リック圏)における共有」という現実社会に関わる鋭敏な感性(クオラムセン
ス、クオラムセンシング)こそが江戸プロトモダニティー、または江戸ネット
ワーク文化・経済・結社・浮世(社会)のエッセンスであった。

・・・現代社会学的に見ても、市民的交際に関わる文化またはその様式として
の「シヴィリティー/civility/礼節、礼儀正しさ」とは、個人が他者と交流
するための「儀礼技術としての側面」があり、それによって親密過ぎず、とい
って敵対的でもない一種の「中間ゾーンの信頼、社会的信用関係」が促進され
る。端的に言えば、この江戸プロトモダニティーのエッセンスはピエール・ブ
ルデュー(仏の社会学者)のハビトウス(habitus/自覚されにくいまで習慣化
した知覚・行為・思考パターンを生み出す性向)に近い。


<注3>pooの意味についてはコチラを参照 ⇒ コンシリエンス(人文社会
&科学両知の客観統合のトポス)を敵視し軍事強化だけを謀るトランプと安倍
は「北」同然の“ 奇病 poo 権力症 ” なる暴走カルト権力 2017/05/05ever-note、http://urx.blue/DrPE


・・・問題は、江戸プロトモダニティーのエッセンスとして結露した「粋で美
しい日本文化のイメージ」が、日本会議、神社本庁、安倍晋三らが強弁する如
く、この日本列島の中で全くのゼロからカミカゼの御神託で生み落とされたの
ではないことだ。つまり、それは「東アジア文化圏の一隅である日本列島が寛
容に外来性を受け入れてきた結果として、非常に多様な文化の坩堝」の中で熟
成され、そこから創発したものだと認識することが肝要だ。古来、踏襲されて
きた「皇室・宮廷文化の“日本文化の中核としての象徴性”」の問題、あるい
は儒学・朱子学エッセンスとしての武士道の問題にしても然りである。


(2)都会的に洗練された「風流」と「粋」(シック)の出現(“文化資本主
義”へのヒント)

・・・「やすらい花」に代表される風流の美学は桃山時代あたりから現れてい
たが、18世紀末になると遊女文化を源流とする慎みと誇りの感覚を伴う洗練さ
れたエロティシズムの感覚が好まれるようになり、やがてそれは町人文化を母
体として更に洗練され、着物や小物類の色彩や意匠だけでなく生活スタイルや
内面的な資質をも含む「粋」の美学として結晶した(関連参照/Cover 
Images)。

・・・また、この庶民感覚から生まれた都会(江戸)的美学の典型は、やがて
皇室・貴族社会系の伝統美学と共鳴することで日本民族の古典は<江戸的な
個性>を付与されることになり、そこから今に繋がる日本伝統のクオラムセン
シング的な美学が形成されたと見るべきである。

・・・この意味での日本の正統美学(正統保守の感性)は「安倍政権、日本会
議らが盛んに囃し立てるpooで国籍不明の“日本人で良かった!”」なるアナ
クロニズム(穴黒?w)の美しい(実は醜悪な!)神国ニッポンとは全く異質
であり、しかもそれは最もテンポラリーで、かつ喫緊の課題である“文化資本
主義”(http://ur0.pw/Dxix)創造へのヒントも与えているようだ。


(3)特に都市部における驚異的な江戸時代「識字率」の高さ

・・・近世の識字率の具体的な数字について明治以前の調査は存在が確認され
ていないが、江戸末期についてある程度の推定が可能な、明治初期の自署率調
査(文部省年報)によれば、1877年に滋賀県で実施された最古の調査では男子
89%、女子39%、全体64%であり、青森県や鹿児島県ではかなり低く(20%程度)
、相当に地域格差があったと考えられる
(ウイキ情報http://u0u1.net/Dk3a)。

・・・但し、江戸・大坂・京都などの都市部での識字率は寺子屋制度に支えら
れており、それはかなり高く、少なくとも全体で70〜80%程度(庶民層に限定
しても60〜70%程度?)はあったと考えられる。17〜18世紀の欧米の識字率が
高々で20〜30%程度であったと推測されることに比べれば、江戸期・日本の識
字率が驚異的であったのは確かだ(出典、http://u0u1.net/Dk3o  http://u0u1.net/Dk3r)。


(4)識字率の高さを基盤とする、江戸期の活発な「商業出版」活動(全国規
模に拡がっていた江戸“商業ネットワーク”の下地)

・・・江戸期のプロトモダニティーの性格は商業出版産業の隆盛に支えられて
いたと見て過言ではない。日本最初の営業カタログである「和漢書籍目録」
(1666)には書籍2589点が掲載されており、それは徐々に増え続けて1692年に
は7181点となっている。やがて18世紀には出版業者・販売業者が新しい読者層
を開拓したため大衆読者層が指数関数的に拡がり、幕府の公式記録(1808)で
は江戸の貸本屋数が銭湯の数を超え656軒になっている。

・・・江戸期の商業出版は様々な社会的・認知的ネットワーク群の橋渡しをし
たが、特に注目すべきは、そのネットワークが交差し拡大する過程が、現代社
会学的な意味での非常に多様なパブリック圏と流通ネットワークを派生的・波
及的に創造したことにある。中央集権的な幕藩体制の分節構造に組み敷かれな
がらも、一方ではそれが「身分差を越えた多様で水平的な文化・市場経済パブ
リック圏」として全国規模で拡大し、それこそが江戸期・日本の活力源であった。


(5)美的社交の場たる「水平空間」(弱い紐帯の平等なパブリック圏)の創造


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け花、碁・将棋、歌舞・音曲、酒飲み合戦、絵画・浮世絵、古典解読、古書画、
古美術、古器物などによる私的空間での水平的な人々の結びつき(一定限度ま
で幕府が黙認していた水平的パブリック圏)/全国規模の句会、画家等の文人
ネットワーク、耽奇会(たんきかい/http://u0u1.net/Dk66)など様々な事例
がある。

・・・一般的に伝統社会では、血縁、身分、宗教、地域社会など、自分が生ま
れついた環境やネットワークからなかなか外へ出られないことが多いが、日本
列島に住む多数派層の人々が自ら選び取った様々な趣味や道楽を中心に据えつ
つ、身分差を越えて水平的に軽やかに、しかも広域的なネットワークを通じて
緩やかに絆を結ぶことが可能な知恵・文化・歴史を獲得し広く共有してきたの
は世界に誇るべきことだ。しかし、これは所謂「日本ファースト」、「日本人
でよかった!」(プロローグ画像)とは全く異質な開放系の感性の賜物である
ことを忘れてはならない。


<注4>江戸時代後期の『耽奇漫録(たんきまんろく)』

・・・耽奇会という文人の会合の記録。文政7年(1824)5月15日〜翌8年11月
13日まで20回にわたり開催され、珍奇な古書画、古器物などを持ち寄り、考証
を加え論評しあった。曲亭馬琴、山崎美成、屋代弘賢、谷文晁などが参加。http://urx3.nu/DmLC

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