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少女の性 第二百三十八部 宏一の申し出を松野は静かに聞いていたが、やがて言った。 「ありがとうございます。あの・・・元の上司とは少しいろいろあって・・・。ありがとうございます」 「良いですよ。正しい権限に戻すだけですから。ただ、元の上司にはこっそり言っておきますね。もうこんなことはしないようにって」 「はい・・・・・ありがとうございます」 松野は詳しく聞こうともせずに隠密に処理してくれる宏一に感謝した。実は松野が営業一部に移ったのは、公式には宏一に言ったようにリテールを扱う必要があるからなのは間違いないのだが、実は元の上司から離れたかったからでもあった。松野が離れるのを元の上司が嫌がり、少しトラブルになっていた。元の上司とは関係があって、それを松野が切りたかったのだ。社員同士のできごとが原因で問題が表に出れば両者に処分があるのはよくあることだ。松野はそれを恐れたのだが、それを宏一が守ってくれたのだ。 「それじゃ、今すぐにできることはやってしまいますね」 そう言って宏一は松野のファイルの中で最近権限が変更になったものをリストアップした。すると驚いたことにかなりの数のファイルの権限が変更になっていた。 「こんなに・・・・・・・・」 「かなりの数ですね・・・・・・申し訳ありません」 「良いですよ。作業そのものはたいしたことないので」 宏一はそう言うと次々にファイルの権限を戻していったが、更に驚いたことに、念のために松野がアクセスできない人事関係の記録が入っているフォルダーを確認すると、その中に松野が業務で使用するファイルがいくつも入っていた。 「これは・・・・かなりな意地悪ですね・・・・・」 「・・・・・・・・・・こんなことまで・・・」 「これだけの数の変更となると・・・・・・まぁ、良いでしょう。私が何とかしておきます。その代わり、絶対に内緒ですよ。本当は私は勝手にいじれないことになっているので」 「はい、本当に申し訳ありません」 「良いですよ。何とかなります。とにかく戻しておきましょう。どこに戻せば良いか教えて下さい」 宏一は松野と人事記録フォルダーに入っていた業務関係の記録を正しいフォルダーに移していった。 「これだと、ファイルの中身も確認した方が良さそうですね。最近いじってないのにタイムスタンプが新しくなっているものはありますか?」 「・・・・・・・・・・あ、これ・・・・・・それとこれ・・・・」 松野が指定したファイルを開いてみると、中身がごっそり消えていた。 「どうしてこんなことを・・・・・・・・」 「たぶん、こうされたら松野さんは元の上司に確認というか相談せざるを得なくなるから、嫌でも話をしなくてはいけないからじゃないですか?たぶん、その元上司はきちんと中身を削除する前のファイルのコピーをどこかに持っているんでしょうからね。ちょっと待って下さいね」 宏一はそう言って会議室予約を調べてみると、やはりその上司が小さな会議室をずっとキープしていることが分かった。 「ほら・・・・・準備は整ってるみたいですよ」 「・・・・・・・・・・・・・」 松野は完全に落ち込んでいた。正直に言えばもう元の上司とは話したくないし、できれば顔だって見たくない相手と二人だけで会議室に入らなければいけないのだ。 「大丈夫。ファイルは元に戻せば良いんですから」 「だってそんなこと・・・・・・」 「戻せますよ。システムでは毎日全員のファイルのバックアップを取っているんです。だからいつの状態に戻せば良いか分かれば戻せます。それに、どうせその上司はファイルのコピーを持っているんでしょう?そっちを探してみましょうか」 宏一はそう言うと管理者権限で元上司のフォルダーを検索した。すると、確かに松野の使っていたファイルばかりが入っているフォルダーが見つかった。 「取り敢えずこのフォルダーを丸ごと松野さんの方にコピーしておきますね」 「はい・・・・・・・・申し訳ありません・・・・・・」 「こんなことをするなんて、よほど強い気持ちがあるんですね。ここまでするなんて、あまり聞いたことないですよ」 「本当に申し訳ありません。私の個人的なことが原因なのに」 松野は本当に申し訳なさそうだ。ただ、宏一にはそれほど時間が無かった。 「ただ、全部戻すのはそんなに難しくないんですが、ちょっと今は全部やっている時間が無いんです。申し訳ないですが、今日は取り敢えず今使うファイルだけ戻しておいて、後は明日までお待ちいただけませんか?明日までには必ずやっておきますから」 「はい、もちろんです。お忙しい中、本当にありがとうございます。・・・・・あの、だいぶかかりますか?」 「まぁ・・・・一つずつなので当然手間はかかるんですが、あまり気にしないで下さい。仕事の方に集中しないと良い仕事ができないですから。私はそれをサポートするのが仕事ですから」 それを聞いた松野は、宏一がかなりの量の訂正をするつもりになっていると確信した。そして、宏一に相談して良かったと心から思った。もし、うっかり総務や今の上司に相談していたら、そこから宏一に仕事はいくだろうが、宏一は正直に説明せざるを得ない。そうなればどうなっていたか、考えるだけで寒気がする。 「それじゃ、取り敢えずのファイルだけ教えて下さい」 「はい、これと・・・・・ちょっといいですか?・・・これと・・・・・」 松野は今日使うであろうファイルだけをいくつか指定した。後は今日の夜、由美に会った後に会社に戻ってきて直すことになるが、仕方が無いと思った。由美は9時に帰るので、それからまた仕事をすることになる。 「はい、それじゃ、また明日来て下さい。確認しましょう」 「はい・・・・・本当に申し訳ありません」 「良いですよ、いろんな人が会社に居て毎日いろんなことが起こってるんです。あんまり気にしないで下さい」 「はい・・そう言ってもらえて・・・・嬉しいです・・・・ありがとうございます」 松野はそう言うと何度も頭を下げて戻っていった。 部屋に戻ると友絵が待っていた。 「三谷さん、あの人、営業の人ですよね?」 「そうだね」 「だいぶ話し込んでましたが、何かトラブルですか?」 「うん、ちょっとファイルやフォルダーの権限の問題で面倒なことになってたよ。何とかなりそうだけど」 「きれいな人ですね」 その言葉には棘が隠されているような感じだった。 「そうだね、美人とたくさん話ができて嬉しかったよ」 宏一は知らん顔をしてそういなしておいた。友絵は『まぁ!』という感じで呆れると、宏一の前にどかんと計算書の束を置いた。 「はい、美人と話ができて良かったですね。それじゃ、これを見ておいていただけますか?」 「え?これ・・・・いつも斉藤さんがやってくれてるやつだよね・・???」 「はい、私がきちんとできているか見ておいて下さい。それも上司の仕事ですよね?お願いします」 友絵はニヤッと笑って席に戻り、見積もりの電話をかけ始めた。友絵は明らかに松野を気にしているのだ。こうなっては仕方ない。宏一はおとなしく計算書を読み始めた。ただ、友絵の計算にはほとんど間違いが無いし、とてもわかりやすいので確認は楽だ。宏一は改めて友絵の優秀さに感心した。もちろん、元の上司には宏一から確認を入れておいた。それはシステムの仕事でもあるのだ。 その日の夕方、宏一はいつもの部屋で由美を待っていた。いつもなら由美の方が先に来ているのに今日は来ていない。あれだけ連絡したのだから由美は宏一が会いたがっていることが分かっているはずだが、時間になっても現れない。宏一は、何かが由美にあって来られないのだと思った。 それからしばらく待ったがやはり由美は現れない。宏一は仕方なくケーキをゴミ袋に入れるとマンションのゴミ捨て場に置いて会社に戻った。そして、由美に木曜日には会いたいとだけ連絡しておいた。宏一は由美が急に消えてしまったような感覚に捕らわれていた。どうして由美が現れないのか見当も付かない。今はとにかく由美に会わないことには何も分からないのだ。 会社に着いた宏一は頭を切り換えると、松野のファイルやフォルダーの修正に取りかかった。この時間だと業者は帰った後なので誰も仕事を邪魔するものは居ないから仕事はサクサク進む。 そして9時を回った時、松野が顔を出した。 「あれ?松野さん、まだ仕事だったんですか?」 「はい、ちょっと見積りから作り直す必要があって・・・・・あの、灯りが付いていたから・・・・ちょっと良いですか?」 宏一は応接エリアの会議室を使っているので他の部署からは普通は見えないので、わざわざ寄らないと灯りが付いているかどうかは判らないのだが、宏一はそこまで考えなかった。 「はい、もちろんです。だいぶ終わりましたよ。仕事の方に支障は無いですか?」 「はい、おかげさまできちんと進んでます。本当にありがとうございます」 「よかった」 「それで・・・・・、まだだいぶかかるんですか?」 「いいえ、後はそれほどじゃありません。大丈夫ですよ。明日までには必ず終わりますから」 「いえ、そういうことじゃなくて・・・・・、もし良かったら、食事に行きませんか?」 「食事?これから?俺はまだだけど・・・・・」 「それならおごらせて下さい。これは個人的なことなので。いかがですか?」 宏一はピンときた。彼女は何か相談したいのだ。それなら毒を食らわば皿までだ。 「良いですよ。どこに行きます?」 「それなら、私はちょっと席に戻ってから出ますから、行くお店は連絡しても良いですか?」 「はい、それならここに・・・・・、お願いします」 宏一はそう言うと携帯の番号とメアドを書いて渡した。 「はい、それでは現地で」 松野はそう言うと席に戻っていった。そして宏一が残りを仕事をかたづけていると、松野からメールで店を知らせてきた。だが、現地集合ではなく、タクシーで行くからと言うことで会社近くのコーヒーショップを指定してきた。 食事と言っても、もう9時を回っているのであまりゆっくりはできないのにタクシーを使っていく店と言うことは、やはり二人だけで話をしたいのだろう。宏一は少し残っていた仕事は明日に回して片付けると外に出た。 宏一がコーヒーショップで待っていると、少ししてから松野が現れた。松野は何も注文せずに宏一のところに来ると、 「遅くなって申し訳ありませんでした。それでは行きましょう」 と宏一を誘って外に出てタクシーに乗った。 二人が着いたのはどこの駅からも少し離れた場所で、大きな通りには面しているが歩いて行くには少し不便なレストランだった。店の雰囲気からするとイタリアンかフレンチらしい。 「三谷さん、今日は本当にありがとうございました。今日お連れしたのは本当に個人的なことに配慮していただいたからで、全て今日の分は私自身が持たせていただきます。お願いいたします」 松野は丁寧に頭を下げた。『私』や『こちら』ではなく『私自身』と強調したのは会社の経費で落とすつもりはなくて自分のお金で払うと言うことだ。 「そんなに気を遣わなくたって、誰にも言ったりしませんよ」 「いいえ、そうではなくて、三谷さんがきちんと個人的なことを守って下さるのは分かっています。あの、本当に嬉しかったんです。このところいろいろあったもので」 「そうなんですか。女性に奢ってもらうのはあまり経験が無いのですが、松野さんのご希望なら仕方ないですね。分かりました。ごちそうになります」 宏一はにっこりと笑った。 「そう言っていただけて安心しました」 宏一が申し出を受けたことで松野は本当に安心したらしく、ふぅ、と小さな吐息を吐いた。よほど気になっていたのだろう。松野にしても宏一に食事を奢ることで、まさか口封じというわけではないが、宏一が食事を受けてくれれば松野自身が安心できる。 「それでは私の方で注文させていただいてよろしいですか?」 「はい、それはもちろんですが・・・」 「何かお嫌いなものはありますか?」 「いいえ、そんなものはありません」 「それでは、かなりありきたりになりますが、今日のところはご容赦下さい」 そう言うと松野はテキパキとバランス良く注文を済ませた。 「もうだいぶ終わりましたよ。でも、良くもまぁ、あれだけのファイルの権限を書き換えたものだと思います。明日にはほとんど普通と変わらない状態になっているはずです。お昼までには間違いなく終わりますから」 「・・・・・・そうですか・・・・・本当になんとお礼を言って良いか・・・・」 松野はしばらく考え込んでから話し始めた。 「こんなこと、あまり聞きたくないかも知れませんから、いつでも言って下さいね。あの後、元の上司に確認しました。そうしたら、やはり三谷さんの言ったとおりに意図的に書き換えたそうです」 「そうですか、嫌だったでしょうに、良く直接聞きましたね。実は私も確認しました。だいぶ口ごもっていましたが、システムチェックで見つけたと言ったら確かに自分がやったと認めましたよ。本当に良く自分で確認しましたね」 「はい、私の仕事そのものが脅かされたんですから当然です。ただ、少し悲しかったですけど」 「それで、理由は教えてもらえましたか?」 「それが・・・・どうやら・・・・・ですが、いつでも俺に頼らないと仕事が進まないんだと言いたかったみたいで・・・・・」 「それはまた子供っぽい話ですね」 「はい、そう思います。人のファイルを隠したり書き換えたりするなんて・・・・」 「実際、今までは元の上司に細かく指示を仰ぎながら仕事を進めていたんですか?」 「そこが見解の相違というか、考え方の違いで・・・・・それが別れた理由って言うか・・・・・あ、ごめんなさい、こんな話」 「いいえ、もうここは会社じゃないんだから気にしないで。これは個人の時間なんだから、それにもう友人なんだから気楽に話して下さい。愚痴って良いですよ」 その何気ない言葉に松野は顔を伏せて礼を言った。 つづく 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