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<章=81章 20世紀少年と、T・レックス > 5月16日、朝から曇り空の土曜日。 川口信也に、正午ころ、新井竜太郎から、 「また、一杯どうですか?あっはは」と、電話があった。 そして、午後の4時過ぎたころ。 信也と竜太郎たは、レストラン・デリシャスで寛(くつろ)いでいる。 信也の妹の美結と利奈もいた。信也の恋人の大沢詩織もいる。 信也に密(ひそ)かな思いを寄せているらしい落合裕子や、 竜太郎の恋人の野中奈緒美もいた。 信也のクラッシュビートのアルバム制作にも参加している、 キーボーディストの落合裕子と、川口美結は、1993年生まれで誕生日も近く、 22に歳の同じ歳である。二人とも、竜太郎が副社長をしているエタナールの、 芸能事務所、クリエーションで、アーティストやタレント活動をしている。 二人は、無二の親友のように、仲もよい。 そんな7人が集まっている、デリシャスは、竜太郎のエターナルが、 全国に展開している、世界各国の美味しい料理やドリンクを提供するレストランである。 JR渋谷駅のハチ公口から、スクランブル交差点を渡って、1分の場所にあった。 「しんちゃん、わたしも、T・レックス は好きなのよ」と、微笑みながら落合裕子はいった。 「そうなんですか。マーク・ボランの残した音楽・・・、ボラン・ブギといわれてますけど、 いまでも全然古く感じられないし、その反対に新鮮なんですから、不思議ですよね」 信也は、生ビールを飲みながら、そういって、裕子に微笑んだ。 ・・・裕子ちゃんは、どうも、おれに気があるらしいけど、詩織ちゃんに気づかれないようにしないと、 ヤバいことになりそうだよ。おれも、裕子ちゃんといると、楽しいし、 裕子ちゃんのことはキライじゃないんだし・・・ 一瞬、そんなことが、ほろ酔いの頭に過(よぎ)る、信也であった。 生ビールを楽しんでいるのは、信也と竜太郎と、その恋人の野中奈緒美との、3人だけだった。 ほかのみんなは、オレンジジュースやソフトドリンクだった。 「そうなんですよ!T・レックスの音楽って、古さを感じないんです!その反対に、 いつ聴いても、メタル・グゥルー(metal guru)とか、ゲット・イット・オン(get it on)とか、 新鮮なんですよね!これって、いったい何なのかしら?音楽って、不思議だわよね! いつだったかしら、5年くらい前になるかしら?、 『20世紀少年』ていう映画の全3章を、金曜ロードショウで、3週連続でやったですよね。 あれをテレビで見たとき、あらためて、T・レックスが好きになったんです!」 裕子はそういって、信也に微笑んだ。 「あぁ、あれね。おれも夢中で観た映画ですよ、裕子ちゃん。あっはは。 へヴィ・メタルで、ノイジー(noisy)な、ギターのリフで始まる、 T・レックスの『20th Century Boy』を使っていて、 ちょっと、おれも、あれは新鮮な驚きでした。あっはは。 それに、『20世紀少年』って、『20th Century Boy』の直訳、そのままですよね、あっはは。 あのマンガを描(か)いた浦沢直樹(うらさわなおき)さんも、 絶対、T・レックスが好きなんですよね。ね、竜さん!あっはは」 そういって、わらって、話を竜太郎にふる、信也である。 「まったく、『20世紀少年』には、T・レックスのあの重厚なギターのリフが、ぴったりだったよ、 しんちゃん。あの映画のために、作られたオリジナルなロックかと思うくらいにね!あっはは」 そういって、わらう、竜太郎だった。 「わたしも、『20世紀少年』も、T・レックスも大好きです。T・レックスは、 お兄ちゃんが、いつも部屋で聴いていたから、好きになっちゃいました!」 大学1年の利奈が、無邪気な笑顔でそういった。 「そうなの、利奈ちゃんも、T・レックス好きなんだぁ。『20世紀少年』にしても、 T・レックスの音楽にしても、何か、共感するものがある気がするのよね。 なんて表現したらいいのかしら?作者の伝えたいメッセージとでもいうのかしら?」 詩織は、みんなを見ながら、そういった。 「メーセージね、そうだわねぇ。T・レックスのマーク・ボランは、30歳の若さで、 交通事故で死んじゃったけど、彼の音楽を聴いていると、 決して、商業主義とかから、売れるために作ってはいなかったような気がしてくるの。 彼は、やっぱり、人間を粗末に扱うような資本主義のシステムとかに抵抗しながら、 子どものような、少年のような、純真さを大切にしたかったんだろうなって、 わたしは感じるんですけどね。ちょっと、深読みのし過ぎかしら。あっはは」 そういって、オレンジジュースを飲みながら、美結はわらった。 「そうよ、きっと、美結ちゃん!わたしたちは、みんな、いくつになっても、 少年や少女の頃の気持ちや心を大切にしたほうがいいんだ!ってことを、 マーク・ボランもいいたかったのよね!?ねえ、しんちゃん」 カルピスソーダを飲みながら、詩織はそういった。 「そうだよね、詩織ちゃん。きっと、そうなんだよ。たぶん、マーク・ボランも、 少年や少女の頃の心や気持ちを、大切にしたかったんだろうね。 芸術家って、たいがいが、少年少女のころからの夢を追う人たちだからね。 感受性の豊かなころの、心や気持ちを失いたくないと思うことって、 誰にでもあるわけじゃないですか!? だから、『20世紀少年』のマンガを描(か)いた、浦沢直樹(うらさわなおき)さんも、 T・レックスの音楽に、『なんだ、この不思議な音楽は!?』 と言いながら、深く共感したんだと思うよ」 そういって、信也は、みんなを見ながら、微笑んだ。 ≪つづく≫ --- 81章 おわり --- |