|
52章 南野美菜、ドン・マイに、加入か?! 8月29日、金曜日の正午ころ。東京は曇り空で、 湿度は68%、気温は25度ほどで、秋の気配が感じられる。 岡昇(おかのぼる)と南野美菜(みなみのみな)は、地下鉄・東京メトロの 早瀬田(わせだ)駅を出ると、そこから歩いて5分ほどの、 緑の樹木や植木が生い茂る戸山キャンパスの中の学生会館に向かった。 学生会館は、サークル活動の拠点なので、早瀬田(わせだ)は 夏休みであったが、学生たちで賑(にぎ)わっている。 大学の夏休みは、8月2日(土)から9月20日(土)まである。 学生会館の西棟(にしとう)2階の大ラウンジに、 ミュージック・ファン・クラブ(MFC)の部員たちが集まっている。 MFCは、大学公認の音楽サークルである。ギターやトランペットなどの 楽器演奏や、歌うことが好きな学生たちが集まって、 ロックやブルースやソウルやファンクやジャズなどを楽しんでいる。 学生会館の大ラウンジには、セブンイレブンがある。3階には、 モスバーガーもあった。 広いラウンジは、大きな1枚ガラスから差し込む陽の光で、開放的で明るい。 ゆったりと寛(くつろ)げるイスやテーブルが置いてある、学生たちの 憩(いこ)いのスペース(空間)であった。 岡昇と南野美菜は、学生会館の西棟(にしとう)2階の、エントランス(玄関)に つながる西棟の外の広い階段を上(あ)がる。岡は173センチ、美菜は170センチ、 そんな身長のお似合いのカップルである。 ふたりが、2階のラウンジに入ると、MFCのメンバーたちは、昼食を取ったりしていた。 11月の『学祭・ライブ・2014』に向けての練習に、みんなは集まっていた。 岡と美菜は、MFCの幹事長の矢野拓海(やのたくみ)と、副幹事長の谷村将也がいる テーブルのイスに座った。岡は、MFCの会計である。 矢野拓海は、理工学部、3年、21歳。谷村将也は、商学部の3年、21歳。 岡昇は、商学部、2年、19歳。 「よぉ!岡ちゃん!ふたり、いつも一緒で、仲いいじゃん!ところで、美菜ちゃんの、 モリカワ・ミュージックからの、メジャー・デヴューの話は、うまくいっているって?」 トマトのスライスが入ったモスバーガーを頬張(ほおば)りながら、 谷村将也(しょうや)が、岡昇(のぼる)に、そういった。 「そうなんですよ、将(しょう)さん、拓(たく)さん。まったく、夢みたいな話で、 うまくいきそうなんですよ。美菜ちゃんのヴォーカルを、モリカワの信也さんや 純さんや良さんたち、みなさんが、高く評価してくれているんですよ。 たぶん、順調に、美菜ちゃんは、メジャー・デヴューできそうです!」と、岡。 「スゴイじゃん!あはは」と、将也。 「このMFCからは、クラッシュ・ビートやグレイス・ガールズでしょう、 メジャー・デヴューが続出なんだから、すごいことだよね。 このMFCも、世間じゃ、かなり有名になっているよ。ははは」と、拓海。 4人は、互(たが)いに目を合わせて、声を出してわらった。 そんな4人の会話は、たちまち、周囲のメンバーにも伝わった。 みんなは、美菜のメジャー・デヴューの話題で盛りあがった 美菜は、商学部、4年、シンガー・ソング・ライターになることが夢だった。 22歳の美菜は、2歳近く年下の岡とは、音楽や価値観なども、よく合う。 そんな美菜の姉の、美穂(みほ)は、谷村将也と交際している。 23歳の美穂は、会社勤めの社会人、谷村将也は、21歳の学生。 1年ほど前に、岡昇が、美穂と将也とを引き合わせたのだった。 そうした経緯で、美穂と将也は仲良くなれたのだから、将也は岡に感謝している。 「それはそうと、ちょっと心配があるんだけど。美菜ちゃんが一緒にやる、 ドント・マインド(don`t mind)っていう、ロックバンドは、ちょっと前に、 モリカワ・ミュージックのメジャー・デヴューのオーディション(審査)に 落ちたんだよね。そのドン・マイのヴォーカルの水谷・・・・、 水谷友巳(みずたにともみ)っていったっけ、彼だけが、新たに結成した、 スタジオ・ミュージシャン出身のメンバーの、ドルチェというバンドで、 デヴューすることになったんだよね。おれが心配なのは、 その、オーディション(審査)に落ちたバンドのメンバーたちの、 ドン・マイで、美菜ちゃんが、これから一緒にやるのってが、 大丈夫なのかなっていうことなんだけど?」 矢野拓海が、美菜に、ちょっと心配そうな顔をして、そういった。 「拓(たく)ちゃん、ご心配、ありがとうございます。でもその点は、 大丈夫なんです。ドン・マイのみなさん、実力は、プロ級なんでよ。 誰に聴かせても、恥(は)ずかしくないものだったわ。 リズムも正確だし、技術的にもフィーリングも、すばらしかったんです。 それに、なによりも、音楽の好みとか、気が合う人たちだったから、 わたしには、ロックバンドとして最高のメンバーって感じだったんですよ!」 美菜は、最高に幸せ!といった笑顔で、拓海にそう語った。 「はっはは。それはよかった。美菜ちゃん、きょうは格別に輝いて、 見えるよ。あっはっは!そうだよね、音楽をやるには、まずは、 気が合うことが、1番だものね! そのほかの細(こま)かいことは、まさに、ドン・マイだね。あっははは」 そういって、矢野拓海はわらった。 「拓(たく)さん、将(しょう)さん。拓(たく)さん実は、おれは、美菜ちゃんが、 なんでそこまで、ジャニス・ジョップリンが好きだったり、尊敬しているのか、 正直なところ、最初はわからなかったんですよ。若い子は、普通、AKB48とかに 夢中じゃないですか!?まあ、あるとき、『大人のロック』という雑誌で、 『史上最強のボーカリストは誰だ?』という特集だったので、読んだんですよ。 日本のロック・ファンによるアンケートの実施の結果なんですけど、 総合1位が、ミック・ジャガーで、2位が、ジャニス・ジョップリンだったんですよ。 それで、ヘエー!って、ジャニスを尊敬する美菜ちゃんのことが、 やっと理解できたんです。今じゃ、美菜ちゃんを尊敬しています!」 そういう岡昇は、美菜と目を合わすと、わらいながら頭をかいた。 「岡ちゃん、美菜ちゃんはお似合いのカップルだよ。ごちそうさま!あっはっは」 そういって、拓海がわらった。 いつのまには、4人の周(まわ)りには、グレイスガールズの 清原美樹、大沢詩織、菊山香織、水島麻衣、平沢奈美の5人も 詰め寄っていた。小川真央、野口翼、上田優斗、森隼人、山沢美紗、 山下尚美、森田麻由美もいた。 「美菜ちゃん、おめでとう!よかったわね!」といって、清原美樹は微笑む。 「美菜ちゃんの歌う、ジャニス・ジョップリンの『ムーヴ・オーヴァー(Move Over)』 なんか、いつ聴いても、感動するもの!美菜ちゃん、おめでとう!」 大沢詩織もそういって、自分のことのように、歓(よろこ)ぶ。 「みなさん、ありがとうございます!ジャニスの『ムーヴ・オーヴァー』って、 ジャニス自身が作詞作曲した名曲なんですよね。 わたしは、ただひたすら、ジャニスのように歌いたいって、思ってきました。 これからは、自分の個性、オリジナルを大切にしたいですけど。 ジャニスは、『自分の心の声に誠実にあろうとしただけ』と言っていたんです。 そんなジャニスって、普通の女の子と変わらないと、わたしは感じるですけど、 ロックの歴史に偉業を残した、数少ない女性のロック・シンガーだったと思うんです。 そんなジャニスには、いつも、いつまでも、わたしは、憧(あこが)れてしまうんです。 わたしも、尊敬するジャニスのような、ステキなロック・シンガーになれたらいいな! って、いつも思うんです。これからも、がんばりまーす!」 みんなから、温かな、応援の声と拍手が沸き起こった。 ≪つづく≫ --- 52章 おわり --- |