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37章 川口信也の妹の美結(みゆ)、やって来る (3) 「こう(幸)ちゃんも、飲もうぜ!」 信也はそういうと、隣の席の幸平のグラスに、黄金色(こがねいろ) の輝きのシャンパンを注(そそ)ぐ。 「こう(幸)ちゃん、いつもお仕事ご苦労さん」といって、竜太郎は 兄らしく微笑(ほほえ)む。 ……入社当時の幸平は、性格もいいばかりのお坊(ぼ)ちゃま って感じで、よくいって、純真でありのままで、夏目漱石の三四郎の ような青年っていう感じだったよなぁ。でも最近は、仕事にもまれたり、 世間(せけん)の機微(きび)もわかってきて、オトナの風格も出てきた。 身内だからって、肩をもったり、依怙贔屓(えこひいき)は しないつもりだけど。もともと幸平は優秀なんだから、これからは おれの片腕くらいにはなってもらって、兄弟で協力し合って、 エターナルをさらに世界的な大企業にしていきたいもんだ。 それが、世のため、人のためになると信じていることだしな。 これまで、おれは、悪役を買ってでも、会社を大きくしてきた んだし。まったく、あるときは、味方はゼロといった状況だった。 いままでは、会社が大きくなるんだったらと、ブラック企業と 呼ばれても、全然気にならなかったんだ。人間なんて、 しょせん完全じゃないんだし。言いたいヤツには言わせておけば いいじゃないかって、おれはおれを許してきたってわけさ…… 竜太郎は、美女が3人、気の合う仲間と、極上のシャンパンと 旨(うま)みの凝縮(ぎょうしゅく)している牛ヒレなどの料理に 満足しながら、至福の時間の中、頭の片隅でそんなことを思う。 「ねえ、しん(信)ちゃん、しんちゃんならわかると思うけど。 人間って、孤独な自分だけの時間って必要だよね。特に、 クリエイティブ(創造的)なことをしようと思えば。アーティスト でも企業家でも、ときには孤独になる必要があるよね」 「あっはは。そうですよね、竜さん。クリエイティブなものを 作ろうとすれば、だれかを頼(たよ)りにしてはいられないですからね。 最終的に、自分で考えて、決断して、行動するしかないでしょうからね。 でもだから、コミュニケーションが、こうやって、みんなで楽しく、 お酒を飲んだりできる、時間や友だちとか、女性とかも大切なんですよね」 「そういうことだね。しんちゃん。おれには女性が特に必要だ」 そういって、信也と竜太郎はわらい、シャンパンや料理を楽しむ。 「それじゃあ、しばらくのあいだは、美結(みゆ)さんの住まいは、 しん(信)ちゃんのマンションでいいですよね。渋谷のクリエーションの 事務所までは15分くらいですからね。交通の便もいいですよね。 美結(みゆ)さんのお仕事も、すでにご用意してありますから。 でも始めたばかりですから、お時間のあるときは、クリエーション、 付属の養成所がありますから、そこで、いろいろなレッスンを 受けられたらいいかとも思います」 満面の笑顔で、竜太郎は美結(みゆ)にそういった。 少し前の竜太郎の表情には、隠しようもなく、人を威圧するような 怖(こわ)さがチラチラと見られたものだが、信也たちと付き合って いるうちに、それが消えていった。竜太郎はそのことを自覚していて、 自分をそんなふうに変えていってくれている信也たちを、 高く評価して、いつのまにか、親友として信頼するようになっていた。 「竜太郎さん、よろしくお願いします。あ、エターナルの副社長さん のことを竜太郎さんなんて、お呼びしていいのかしら?」 美結(みゆ)は、いろいろと親身になってくれている竜太郎に、 そういうと、素直に嬉(うれ)しそうに 微笑(ほほえ)んだ。 「おれのことは、竜さんでも竜でもいいですから。気軽に 呼んでください。あっはは。おれも、しん(信)ちゃんには、 いろいろと良くしてもらっていますから。美結(みゆ)さんも、 しんちゃんも、みんな家族のような感じがしてます。 これからも、美結(みゆ)さんのことは、しっかりと サポート(支援)させていただきますから。こちらこそ、 よろしくお願いします。あっはは」 そういってわらいながら、竜太郎は、美結(みゆ)の笑顔に、 特別に魅力的なオーラを感じていた。 ……美結(みゆ)ちゃんは、立ち上げたばかりのクリエーションを 代表する、素晴(すば)らしいタレントや女優やミュージシャンに なるだろう、きっと…… 女性を見ることに自信のある竜太郎は、気分よく酔いながらそう思う。 「竜さん、おれは特別に何も良いことなんかしてないじゃないですか、 おれなんか、7歳も年上の竜さんから見れば、生意気なだけの、 世間知らずのただの若僧ですよ。あはは」 信也がそういって、ちょっと照れながら、シャンパンを飲み干す。 ≪つづく≫ |