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36章 信也と竜太郎たち、バー(bar)で飲む (1) 「信(しん)ちゃん、たまには一緒に飲もうよ。12日の土曜の 夜はどうかな?」 金曜日の夕方、下北沢のモリカワの本社から帰宅しようとしていた 川口信也のスマホに、新井竜太郎がそんな電話をかけてきた。 モリカワに対するM&A以来、エタナールの副社長、31歳の 新井竜太郎と、24歳の川口信也は親しく付き合うようになっていた。 ふたりとも酒が強くて好きで、酒飲み友達といってもよい仲である。 「いいですよ、竜さん。男だけだとおもしろみないですよね。 彼女でも連れて、4人くらいで飲みませんか?」 「そうだね、じゃあ、そうしよう。場所は、新宿3丁目の池林坊 (ちりんぼう)はどうかな?日時は明日(あした)の4時半はどう?」 「池林坊(ちりんぼう)に、明日の4半時ですね。あそこは4時半の 開店ですもんね。わかりました、竜さん。楽しくやりましょう!」 「あっはは。お互いにじゃあ、池林坊(ちりんぼう)の常連客で 開店時はよく知っているよね。じゃあ、店に予約しておくから」 「お願いします。それじゃあ、竜さん、池林坊で、また」 バー(bar)の池林坊(ちりんぼう)は地下鉄3丁目駅から 歩いて1分、吉川ビルの地下1階にある。 電話を切った後で、信也はふと思う。 竜さんの会社のエタナール、モリカワのM&Aに失敗したばかりで、 今度は、フォレストとのM&Aに失敗してんだからなあ。しかし、 そのせいで、モリカワがフォレストと合併することになったんだからなあ。 まったく、先の展開が読めない、忙(いそが)しい世の中だ……。 信也の大学の後輩で、ミュージック・ファン・クラブの部員の 森隼人(もりはやと)の父親が経営する株式会社フォレストは、 2013年の売り上げが1000億円の、CD、DVD、ゲームや 本のレンタル、ネット販売の店や美容室を全国展開する会社だ。 2014年4月1日付(づ)けで、外食産業やライブハウス、 芸能事務所を経営するモリカワは、株式会社フォレスト (Forest)を吸収合併して、連結会社化とした。 売り上げの規模からすれば、2013年度では、モリカワが365億円、 フォレストが1000億円という、事業規模が小さい会社を 存続会社とする、いわゆる逆(さか)さ合併であった。 この合併の結果、2014年度のモリカワの連結決算は、 単純計算では、1365億円以上ということになって、 モリカワは、大躍進、急成長していることになる。 その買収金額は、フォレストの2013年の売上(うりあげ)、 1000億円と同じの1000億円である。この金額は、割安とも 割高ともとれる微妙さで、レンタルビデオ業界の低迷期入りを 計算に入れると、妥当な金額ではないかと 経済新聞などではいわれる。 しかし、モリカワが買収金額の元を取り返すためには、 1000億円で買収しているので、モリカワ単独の年間利益約26億円と フォレストの年間利益56億円、合わせて82億円で、単純計算しても、 1000÷82で、12年はかかることになる。 社会状況から見ると、フォレストが経営するレンタルビデオ業界は、 ブロードバンドの普及によって、無料で手軽に動画を視聴できること、 急成長する動画のネット配信に押されるなどで、需要の減少にも 歯止めがかからずに、市場規模が縮小する一途(いっと)である。 ≪つづく≫ |