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34章 神か悪魔か、新井竜太郎の野心 (1) 3月23日の日曜日。よい天気で 気温も18度ほどで、 吹き渡る風は まだ肌寒いが、早春のドライブ日和(びより)である。 川口信也と大沢詩織のふたりは、朝の9時から、買ったばかりの 新車に乗って、東京スカイツリー へ遊びに行くところである。 大沢詩織は、父の営(いとな)む 大沢工務店(こうむてん)の 駐車場で、信也のクルマを待っている。工務店の隣(となり)は 大沢家の洋風の住まいがある。小田急線の 代々木上原 (よよぎうえはら)駅南口から、歩いて5分であった。 代々木上原駅は、下北沢駅から新宿方面へ向かって、 東北沢(ひがしきたざわ)駅を経(へ)た、次の駅である。 信也のマンションは、下北沢駅からは、歩いて8分ほどだから、 信也と詩織の家までは、電車では、最短で20分ほどだった。 詩織は、裏地がヒョウ柄のハーフコート、ゆるめのニットセーター、 ブルーのデニムパンツ、小さいショルダーバッグというファッションだ。 この4月から消費税が 5%から8%に上がることもあって、 信也は、大学1年のときにバイトをして買った中古の軽(けい)の スズキ・ワゴンRを手放すことにした。そして、トヨタの人気車、 スポーツタイプの、新型ハリアーに乗り換えた。 グレードは、ハイブリッド・エレガンスで、値引きしてもらって400万円 ほどである。4月前に買うから、12万円ほど安くすんだことになる。 昨年の10月21日に リリース(発売)された クラッシュ・ビートの アルバムやシングルが、どちらも15万枚ほど売れた。 その印税として、クラッシュ・ビートのメンバーに 1人当(あ)たり、 約2000万円の現金が、口座に振り込まれたのだった。 同じ時期に、大沢詩織たち、グレイスガールズのメンバーにも、 印税による収入が 口座に振り込まれていた。 グレイスガールズの場合、アルバムやシングル、どちらも 17万枚ほど売れていて、メンバーの5人とパーカッションの 岡昇(おかのぼる)の6人で、その印税を分配したのだった。 9100万円の6等分、1人当たり約1500万円の収入である。 みんな、若くして、驚くほどの、思わぬ大金を手にしたわけだ。 「お金は大切に使おうね!」と、笑顔満面に、みんなは、 よく同じことをいった。 信也が買ったトヨタのハリアーは、ボディカラーが ホワイトパールの 2.5リットルのエンジンで、燃費は、リッター、14キロほど走る。 4WD、4輪駆動で、雪道に強そうだ。前輪駆動状態と 4輪駆動状態を、自動的に電子制御するシステムである。 駐車場に、信也の乗るハリアーが静かに入ってきて、止まった。 「わあ、信(しん)ちゃん、すてきなクルマだわ!かっこいい! しんちゃんに、ぴったしって感じ!」 そういって、詩織は、きょう初めて乗せてもらう トヨタのハリアーに、 胸を躍(おど)らせて、大歓(おおよろこ)びである。 「高いクルマだけのことはあるよ。このクルマなら、大切すれば、 20年くらいはつきあえそうな気がするよ。あっはは」 信也はクルマから降りて、そういうと、まるで可愛(かわい)いペットを 撫(な)でるように、エンジンを収容されている白いボンネットをさする。 「信ちゃんは、クルマを大切にするからね。前のスズキ・ワゴンRも、 すっごく、大切にしていたじゃない。わたし、そんな、信(しん)ちゃんを 見ていて、すごっく思いやりのある人!って思ったんだっから!」 「あっはは。そうだったんだ。よく、おれを、観察していたんだね」 「まあ、そうね。だって、わたしの大切な人のことだもの」 「さあ、きょうは天気もいいし。東京スカイツリー見たり、おいしい もの食べたりして、ドライブを楽しもうね、詩織ちゃん」 「うん」 身長175センチの信也と163センチの詩織は、軽く抱きしめあうと、 楽しそうに 微笑(ほほえ)みながら、クルマに乗(の)った。 ≪つづく≫ |