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17章 世田谷区たまがわ花火大会 (3) 電車の乗客で、混(こ)みあう、 中央改札口から、 小川真央(おがわまお)と、 野口翼(のぐちつばさ)が、現(あらわ)れた。 ふたり揃(そろ)って、浴衣姿(ゆかたすがた)だった。 早瀬田(わせだ)の1年生だった、秋のころ、 真央は、美樹に、4回、誘(さそ)われて、やっと、 ミュージック・ファン・クラブ(MFC)の部員になった。 その、MFCで、翼(つばさ)とも、知りあう。 真央は、最初から、翼には、弟(おとうと)のような、 親しみを感じている。 翼の、楽観的(らっかんてき)で、 適度(てきど)に、お洒落(おしゃれ)、 一途(いちず)で、 熱心(ねっしん)な性格が、真央は好きだった。 アコースティック・ギターを、 弾き方(ひきかた)の初歩から、 丁寧(ていねい)に教えてくれる、翼(つばさ)だった。 翼(つばさ)が、弾き語り(ひきかたり)で、歌った スピッツの、『ロビンソン』が、 真央(まお)の胸(むね)に、 甘(あま)く、切(せつ)なく、響(ひび)いた。 ≪ 誰(だれ)も 触(さわ)れない 二人(ふたり)だけの 国 君の手を 放(はな)さぬように ≫ (スピッツの『ロビンソン』からの歌詞) それは、まだ、2013年が始(はじ)まったばかりの、 冬の終わりころ、 早瀬田(わせだ)の学生会館、B1Fに、いくつもある、 音楽用練習ブースで、 ふたりだけで、練習していたときのことだった。 森隼人(もりはやと)と、 山沢美紗(やまさわみさ)も、 ふたり揃(そろ)って、南口に、やってきた。 プレイボーイと、噂(うわさ)されながらも、 女の子には、人気のある、森隼人。 いま、1番に、仲(なか)よくしているのが、 早瀬田(わせだ)の3年生の、山沢美紗だった。 山沢美紗(やまさわみさ)も、 ミュージック・ファン・クラブ(MFC)の部員だ。 森隼人(もりはやと)は、自分の趣味の、 好きな海やヨットのことを、 大好きだという、山沢美里の、そんな好(この)みが、 気に入ってる。 彼女の、しっとりとした肌(はだ)や、 抱(だ)きしめれば、折(お)れそうな、 女性らしい、かよわさや、 どんなときでも、夢見ているような、 純粋(じゅんすい)さが、好きであった。 予定通り(よていどおり)の、4時には、 そのほかの、 ミュージック・ファン・クラブ(MFC)の部員たちも、 成城学園前駅(せいじょうがくえんまええき)、 南口(みなみぐち)に、集(あつ)まった。 「じゃあ、お時間が来ましたので、 みんなで、花火大会の、二子玉川(ふたこたまがわ)、 緑地運動場(りょくちうんどうじょう)まで、歩きましょう! 時間までに、 ここに来れなかった人は、ひとりでも、無事(ぶじ)に 現地には、行けるでしょうから。では出発します!」 そういって、森川純は、菊山香織と、なかよく、 集団(しゅうだん)の、先頭(せんとう)になって、歩きだす。 そのすぐ、あとを、川口信也と、大沢詩織が、 寄り添(よりそ)うように、歩(ある)く。 交通渋滞(こうつうじゅうたい)のためもあって、 花火の実行委員会も、 徒歩(とほ)を推奨(すいしょう)する。 成城学園前駅・南口から、 二子玉川(ふたごたまがわ)緑地運動場までは、 徒歩(とほ)で、片道30分から、40分くらいだった。 そんな、 のんびりと歩く、時間も、楽しいものであった。 「今年は、終戦から、68年くらいかな? 東北の震災から、2年と5か月くらいかな?」 森川純が、となりを歩く、川口信也にそういった。 先頭(せんとう)の、順番(じゅんばん)が、変わっていた。 純(じゅん)と、信也(しんや)が、先頭になっていた。 そのあとを、 菊山香織(きくやまかおり)と、大沢詩織(おおさわしおり)が、 楽しそうに、ときどき、わらいながら、歩いている。 「急にどうしたの?純ちゃん。はははっ・・・」 「ふと、まじめに、考えちゃうんだ。しんちゃん。はははは」 「でもさぁ。おれたちに、できることなんて、 限界(げんかい)があるって! 今日(きょう)みたいに、みんなを、誘(さそ)ってさぁ! 花火を、眺(なが)めて、 感動したりしてさぁ! 何か、楽しいこと見つけて、 元気出して、やっていくしか、ないんじゃないのかな? ストレスが多いもの。社会も日常も仕事も。 きっと、 幸(しあわ)せとか、充実感(じゅうじつかん)なんて、 花火みたいな、 一瞬(いっしゅん)の、ものでさぁ、 だから、 儚(はなな)いけど、瞬間(しゅんかん)だけど、 いつも、 楽しいこと探(さが)してさ、見つけてさあ、 平凡(へいぼん)でもいいから、 そうやっていくしかなんじゃないのかな?純ちゃん」 「・・・いつかは、ゴールに、達(たっ)するというような、 歩き方(あるきかた)ではだめだ。 一歩一歩(いっぽ、いっぽ)が、ゴールであり、 一歩が、一歩としての、 価値(かち)を、もたなくてはならない・・・」 「へ〜ぇ。いい言葉じゃない、誰がいったの?純ちゃん」 「おれが、作(つく)ったの。なんて、うそ。はっはっはは。 あのドイツの文豪(ぶんごう)、 ゲーテが、 詩人の、エッカーマンに語(かた)った言葉だよ。 エッカーマンって、ゲーテに認められた詩人らしいよ。 ゲーテより、43歳も若(わか)かったんだ。 エッカーマンの詩って、探したけど、見つからないなあ」 「エッカーマン?!さっきの言葉は、ゲーテがいったのね。 一歩一歩(いっぽ、いっぽ)、 一瞬一瞬(いっしゅん、いっしゅん)が、ゴールかぁ!? なんんとなく、わかるなあ。 ゲーテも、偉(えら)い人だね。純ちゃん・ 現代人に、教(おし)えを説(と)けるんだから。 今夜は、 ビール、飲(の)んで、花火を見て、楽しくやろう! かわいい女の子は、いっぱいいるし。はっはは!」 「そうそう、酒はうまいし、 姉(ねえ)ちゃんは、きれいだし! こんな歌の歌詞(かし)、あったっけ?あっはっは!」 純と信也はわらった。 緑地(りょくち)運動場までは、あと15分ほどであった。 ≪つづく≫ |