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13章 愛を信じて生きてゆく (I believe love and live) (2) 美樹は、『私はピアノ』のイントロを、 原曲に忠実に、アップライト・ピアノで、演奏をする。 美樹は、伴奏だけになりがちな、左手でも、 メロディを弾(ひ)けた。 右手と左手で、音色(ねいろ)も豊(ゆた)かで、 重厚、軽快、流れるような、ピアノ・ソロを、奏(かな)でた。 大沢詩織(おおさわしおり)の、ヴォーカルは、 原曲の、高田みづえ、原由子(はらゆうこ)のように、 女性らしい、優(やさ)しい情感のあふれる、 高音に伸(の)びのある、透明感のある、歌声だった。 平沢奈美(ひらさわなみ)のベース・ギターは、 ピックを使う奏法だったが、男でも難(むず)しい、 スラップが得意だ。 スラップとは、slap=ひっぱたく、という英語からきていた。 親指と人差し指などで、弦を引(ひ)っぱたり、 ハジいたりするベース奏法で、ベースのソロでは、 大活躍となる。平沢奈美の得意な奏法だった。 以前、スラップは、チョッパーともいわれていた。 そんなスラップやミュート(消音)のテクニックが、 優(すぐ)れている、平沢奈美(ひらさわなみ)は、 ドラム、ギター、キーボード、ヴォーカルと、 しっかしとした、コンビネーション(調和)を保(たも)てた。 16ビートが、特に好きな、平沢奈美のそんなベースプレイには、 リズムや音色(ねいろ)に、深(ふか)い、グルーヴ感があった。 ドラムス・担当の菊山香織(きくやまかおり)の演奏は、 リズムをキープするという点で、メンバーの信頼も厚(あつ)かった。 無駄(むだ)な力(ちから)を、極限まで省(はぶ)いた、フォーム(姿勢)や テクニック(技術)から生み出される、 女性らしい、華麗(かれい)な、ドラミングだった。 日常から、菊山は、モデルのように、姿勢が、抜群によかった。 体の疲労回復と柔軟性を保つための、 細心(さいしん)のストレッチ体操を、欠(か)かしたことはない。 バンドに、新しく加入したばかりの、水島麻衣(みずしままい)は、 まだ慣(な)れないはずの、楽曲(がっきょく)でも、 ギターソロとかを、8ビートでも16ビートでも、 リズムの狂(くる)いもなく、ゆたかな音色(ねいろ)で、 流麗(りゅうれい)に、弾(ひ)きこなした。 水島の愛用のギターは、真紅(しんく)の、 フェンダー・ジャパン・ムスタング(MG69)で、 重量が、3.34 kgで、比較的軽(かる)く、女の子向けであった。 そんな水島麻衣(みずしままい)の確実な演奏に、 バンドのメンバーは「スゴすぎ!」とかいって、 わらいながら、歓声(かんせい)を上(あ)げた。 パーカッションの経験の豊富な、岡昇(おかのぼる)は、 西アフリカが発祥(はっしょう)の太鼓(たいこ)の、 ジャンベを、バチを使わずに、素手(すで)で、 叩(たた)いたり、 小さな玉の入った、マラカス(maracas)で、 シャッ、シャッ、シャッ、と音を出したり、 ラテン音楽で、 よく使われる打楽器の、 ギロで、その外側の刻(きざ)みを、 棒(ぼう)でこすって、 ジッパーを開けるときの音に似た、 その何百倍のような、音を出したり、 タンバリンまで、 ジャラ、ジャラと、 鳴(な)らして、大活躍である。 その岡の、名演奏、熱演(ねつえん)に、 みんなの笑顔や、小さなわらい声も、たえなかった。 そんな、楽しい、息((いき)も合(あ)った、 サザンのカバー、『私はピアノ』の練習を終えたあと、 メンバーたちは、雑談(ざつだん)に、花が咲いた。 「この前、岡くんに誘(さそ)われて、森隼人(もりはやと)くんの 家(うち)に遊びに行ったんですよ。 ねえ、岡くん」 ベース・ギター・担当の、1年生の、平沢奈美(ひらさわなみ)は、 ソフト・ドリンクを飲みながら、そういって、岡を見た。 「うん、森くんが、奈美ちゃん、連(つ)れて、 遊びに来いっていうから・・・」 といって、岡は白い歯を見せてわらった 「岡くんから聞いていたんですけど、すごい大きな家で、 隼人(はやと)くんの部屋も、広いし、 パソコンや音楽関係の機器とかが、たくさんあって、 まるで、ミュージシャンのスタジオみたいな装備だったんです ねえ、岡くん」 「うん」 ≪つづく≫ |