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雲は遠くて <32> 10章 信也の新(あら)たな恋人 (5) 司会は、店長の、佐野幸夫だった。軽快で、 おもしろい、MC(進行)も評判だった。 「今夜は、ライブ・レストラン・ビートへ、お越(こ)しいただいて、 ありがとうございます。いやーあ、今夜も、超満席になりました。 ほんとうに、ありがとうございます」と、店長の佐野。 「白石愛美(しらいしまなみ)さんは、わたしも、びっくり、 あの、華麗な歌姫、マライア・キャリーさんが、 大好きで、尊敬していて、歌の師匠であったんですよね。 それで、うちの、モリカワのレストランで、ウェイトレスをして、 チャンスを、虎視眈々(こしたんたん)と、 伺(うかが)っていたというわけなんですよね。 そしたら、どうでしょう、このように、いまでは、 みなさまに、愛される、ポップス・シンガーとして、 ライブ会場を、満席にしてしまっています。 これは、まるで、現代のシンデレラ姫(ひめ)の物語、 そのものですよね。 わたしなんか、このサクセスストーリーだけで、 感動してしまいます! 虎視眈々のトラのように強靭な目的意識をもった 若干(じゃっかん)20歳(はたち)女の子が、 シンデレラ姫となって、羽(は)ばたいていくんです。 みなさま、絶大なる声援を、これからもお願いします!」 会場からは、割(わ)れんばかりの拍手と声援がわきおこる。 「あ、みなさま、シンデレラ姫といったら、王子(おうじ)さまが、 必要ですよね。わたしがその、王子さまになれたら、 いまにでも、死んでも、悔(く)いはないのですが、 運命のいたずらというか、現実はいつも、きびしいものです」 といって、佐野が、おいおい、泣くマネをすると、会場からは、 わらいがもれた。 「さて、今夜は、白石愛美(しらいしまなみ)にふさわしい、 すてきな王子さまも、来ております。 白石愛美も天才級の歌声ならば、 この人も、天才級のピアニストです。 ピアニスト・松下陽斗(はると)です!」 ここで、ステージには、松下陽斗と、白石愛美が現れた。 会場に、絶大な拍手と歓声がわきおこった。 その会場の熱気は、このふたりの人気度をあらわすようであった。 ポップス・シンガーの白石愛美と、ピアニスト・松下陽斗(はると)は、 モリカワの全店と、モリカワ・ミュージックが、全面的支援していた。 そして、すでに、そのふたりの才能は、雑誌やテレビのマスコミも、 注目していて、その知名度も、急上昇中であった。 去年まで、白石愛美(しらいしまなみ)は、モリカワのレストランで、 ウェイトレスをしながら、地道に歌のレッスンをしていた。 去年(2012年)の初秋(しょしゅう)、モリカワ・ミュージックが、 デモテープや、ライブハウスなどから、新人を発掘し始めたので、 白石愛美(しらいしまなみ)は、大好きで、社会活動や、 チャリティー活動をしている誠実さでも、尊敬する、 マライア・キャリーの、My All(マイ・オール)を歌った、 デモテープを、モリカワ・ミュージックへ送ったのであった。 そのデモテープが、モリカワの社長の長男の、 モリカワ・ミュージック・課長の森川良(りょう)に、 感動とともに、絶賛されて、認められたのだった。 森川良は、課長の森川純(じゅん)の兄である。 「それでは、みなさま、お待たせしました。 ごゆっくりと、お楽しみください。 日本に現(あらわ)れた、若干(じゃっかん)20歳(はたち)の、 天才的、アーチスト、白石愛美(しらいしまなみ)と 松下陽斗(まつしまはると)との、ライブです。 歌う曲目は、マライア・キャリーの名曲の数々です! ドラムは、ベテランの綱樹正人(つなきまさと) 女性コーラスは、青木エリカ、本間ともみ、相沢理沙のみなさんです!」 1階と2階のフロア、会場全体から、ゆったりとした気分で、 飲食を楽しんでいる観客たちの、歓声と拍手がわきおこった。 「わたし、いくら、がんばっても、マライア・キャリーのような、 歌唱力では、歌えないだろうけど、 わたしも、カーリー・レイ・ジェプセンや、 テイラー・スウィフトのような、シンガーソングライターにはなりたいの」 そう、大沢詩織が、川口信也の耳もとにささやいた。 「詩織ちゃんなら、だいじょうぶだと思うよ。 おれも、がんばるから、おたがいに夢を追っていこうぜ」 「うん・・・」 詩織の瞳(ひとみ)が、少女のように、輝(かがや)いた。 「川口さん、詩織ちゃん、おれも、がんばるから」と、岡もほほえんだ。 静まりかえった会場の、ステージから、松下陽斗(まつしたはると)の ピアノだけが鳴りひびいた。 1曲目の、『 Without You 』のイントロであった。『 Without You 』は、 1994年、 全米3位を記録した。 『生きてゆきそうもない、あなたのいない人生なんて。 何もする気もおきない・・・』と、失恋の、失意の歌で、 人生のどん底に落ちている、その心情を、詩情豊かに、歌いあげた 名曲だった。 2曲は、『My All 』だった。『My All 』は、1998年、全米3週連続1位 であった。『抱きしめてもらえるのなら、命をかけてもいい。思い出 だけでは生きてはいけないわ』という、女性のせつなる心情を、 高貴なまでに、神聖なまでに、歌い上げている。 15曲を歌いあげたあとの、アンコール曲は『Hero』であった。 『自分自身を見つめて、勇気をだして、そのとき、真実は 見えてくるものよ。ヒーローは、自分の中にいるのよ』と、 聴くものを、元気づけてくれる名曲であった。 マライヤ・キャリーを、ありありと、思い浮かばせるような、 ハープやフルートの、最高音にちかい、超高音域の、 ホイッスルボイスも、白石愛美は、思いのままに、熱唱できた。 そんな、ボリューム(量感)と、繊細さとをかねそなえた、 女性らしい、甘美な歌声に、会場は酔いしれた。 松下陽斗(はると)の、ピアノも、原曲に忠実な部分と、ジャズっぽく、 アレンジした部分が、絶妙で、聴衆を魅了した。 ベテランの綱樹正人(つなきまさと)の、ドラミングも、 青木エリカ、本間ともみ、相沢理沙たちの、女性コーラスも、 聴衆をじゅうぶんに堪能させて、見事(みごと)だった。 ≪つづく≫ |