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雲は遠くて <16> 8章 美樹の恋(その1) 松下陽斗(まつしたはると)の部屋は、陽斗の父親が経営するジャズ喫茶・ GROOVE(グルーヴ)の3階にあった。 GROOVE(グルーヴ)は、世田谷区代田6丁目の通(とお)りの、 下北沢(しもきたざわ)駅の北口から歩いて、3分くらいの場所にあった。 清楚(せいそ)で、おしゃれな、茶褐色のレンガ造(つく)りの、 表口(おもてぐち)で、全国的に知られている、老舗のジャズ喫茶だった。 清原美樹(きよはらみき)は、都立の芸術・高等学校の3年間、 美樹と同じ音楽科の、鍵盤楽器(ピアノ)で学(まな)ぶ、 松下陽斗(まつしたはると)と、よく待ち合わせをして、一緒に下校した。 駒場東大前(こまばとうだいまえ)駅から、電車に乗り、下北沢駅で下車する。 その帰り道、美樹は、陽斗の部屋に寄(よ)って、よく時間を過ごした。 それほど、ふたりは、おしゃべりするたび、信頼も深まってゆくような、 まるで恋人同士か、無二の親友のような仲であった。 それなのに、高校の卒業間際(まぎわ)のころ、 陽斗(はると)は、美樹に、美樹の姉の美咲(みさき)に、 好意を持っていることを、打ち明けた。 その陽斗の告白は、美樹にとって、陽斗がどのような存在であったのか、 あらためて考えさせられる、ショックな出来事だった。 およそ1年間くらい、失恋に似たような、大切にしていた何かを、 どこかに置き忘れてしまったような・・・、 魂が、どこかへ行ってしまったような、喪失感(そうしつかん)が、 美樹にはつづいた。 それが、やっと、妹思いの、姉の美咲の努力や協力もあって、 陽斗の気持ちも、美咲のことから、自然と離れて、 美樹と陽斗の親密な信頼関係も、高校のころと同じ状態に、 もどったのであった。 2012年の10月13日の、美樹の二十歳(はたち)の誕生日には、 松下陽斗(まつしたはると)が、「特別な誕生日だし・・・」といって、 数人の仲間と一緒(いっしょ)に、祝(いわ)ってくれた。 2013年の2月1日の陽斗の二十歳の誕生日には、こんどは、美樹が、 仲間を集めて、ささやかな誕生会を催(もよお)してあげた。 何人もの、男友だちのいる美樹ではあったが、 いつのまにか、知らず知らずのうちに、美樹の心の中には、 ふたりの男性が・・・、 同じ歳(とし)の松下陽斗(まつしたはると)と、 3つ年上の大学の先輩だった、川口信也(かわぐちしんや)が、 特別な存在になっているような感じだった。 ≪つづく≫ ☆発行者:乙黒一平(おとぐろいっぺい) ☆登録・解除のサイト 『まぐまぐ』:http://www.mag2.com/m/0001556190.html 『メルモ』:http://merumo.ne.jp/00606643.html ☆ご感想&そのほか:gogo.hiroba@gmail.com |