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雲は遠くて <14> 7章 臨時・社内会議 (その4) モリカワの会議室は、10坪(つぼ)33平方メートルほどの 広(ひろ)で、畳(たたみ)では、20畳(じょう)ほどであった。 会議用のテーブルが、コの字がたに配置されてある。 正面(しょうめん)の南の窓の付近に、 横幅が約2メートルの大型ディスプレイが置(お)いてある。 副社長の森川学(まなぶ)が、ディスプレイを眺(なが)めながら、 話をつづけた。 「2013年の3月から、モリカワの経営理念に、新(あら)たな理念を 追加します」 森川学がそういうと、ディスプレイには次の文章があらわれた。 ≪ モリカワは、世のため人のため、芸術、文化の事業を起(おこ)し、 利益を社会に還元するとともに、社会的責任を果(は)たしてゆきます。 ≫ 「まぁ、わが社の経営理念は、顧客(こきゃく)、消費者(しょうひしゃ)、 社員、従業員など、すべての人間への、尊重(そんちょ)と貢献(こうけん)を 基本と原則にしているわけですが・・・」 「そこへ、新(あらた)に、発展的にというか、革新的といいますか、 戦略的にといいますか、芸術や文化の創造に関(かか)わる事業を、 積極的に展開していこうという、事業計画でやってゆきたいわけです」 「これまで、モリカワでは、多種多様に、外食産業を展開してきましたが・・・。 さらなる成長戦略ということで・・・、今後は、ライブハウスなどの全国展開をおこなって、 そんな、芸術・文化事業によって、10代、20代から高齢者までの、 ひろい年齢層の顧客を、さらに開拓していこうという事業計画なわけです。 もちろん、この計画には、モリカワのイメージアップがあります」 「幸(さいわ)い、芸術・文化事業は、雑誌やテレビなどのマスコミにも注目 されてますし、モリカワの宣伝や新規の顧客の獲得や増加、固定化にも 役立つという、相乗効果が生(しょう)じています」 「・・・というわけで、総(そう)じて、事業の進展は、順調な現在の状況です」 ここまで、落ち着きはらった口調(くちょう)で、 副社長の森川学が話しているあいだ、 ディスプレイには、モリカワの代表的な店舗の動画や、 最近、雑誌で取り上げられた記事などが映し出された。 森川学の隣(となり)の席(せき)の、社長の森川誠が、 「わが社の事業計画は、これまで、ほとんどない、 ユニークなビジネス・モデルかもしれません」と、語り始めた。 「基本的に、ライブハウスなどの芸術・文化事業は、わが社の利益の 社会への還元という位置づけなわけです。 芸術・文化活動をしている人たちを、経済的にも支援していこうという 特徴があります。また、募金やチャリティーといった、貧富(ひんぷ)の 格差是正(かくさぜせい)のための社会活動もしていくという特徴もあります」 「ライブハウスでの価格設定は、若い人たちが利用しやすいようにと、 極力、低く抑(おさ)えて、市場価格の50%程度に設定してあります。 モリカワの全店で利用可能なポイントカードを使えば、さらに価格は、 安くなるシステムになっています。 みなさんには、経済的な負担を極力少なくしていただいて、 芸術や文化に親(した)しんでいただいたり、芸術活動をしていただきたいからです」 会議の進行役の、ヘッド・クオーター(本部)主任の、 市川真帆(いちかわまほ)が、微笑(ほほえ)みながら、 森川誠のお茶を差(さ)し替(か)えた。 女性らしさの盛(さか)りの市川真帆には、ソフトな風合(ふうあ)いの、 ネイビー・ストライプの社服が、よく似合う。 「ありがとう。まほちゃん」と市川真帆と目を合わせて、森川誠は小声でいう。 「世間じゃ、よく、失敗は成功の元(もと)といいますが、 まさに、そのとおりで、モリカワの新(あら)たな。、 芸術・文化事業というものは、わたしの息子たちが始めた、 ライブハウス経営がヒントだったのです」と森川誠はつづけた。 「一昨年(いっさくねん)前の2011年の6月に、長男の、良(りょう)が、 ライブハウスを始めたのでしたが、その店の経営が、不景気ということもあったためか、 なかなか順調にはいかなく、不振(ふしん)だったのです。 店の資金を出していたこともあって、わたしも考えこんじゃったわけなんです」 そこまで話すと、森川誠は、声を出してわらった。 ≪つづく≫ |