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タイトル:雲は遠くて <11>  2013/02/17


雲は遠くて <11>

7章 臨時・社内会議 (その2)

今年の8月で59歳を迎える、森川誠(まこと)は、
新年を迎えてから、髭(ひげ)をはやした。

年相応(としそうおう)に白いものが混(ま)じっているが
「社長の髭は、なかなか芸術家ふうで、
似合っている」というのが、社内の評判であった。

「まあ、龍馬さんのような『若さ』が、
いまの時代にも大切とか、漠然(ばくぜん)というか、
抽象的(ちゅうしょうてき)なことをいっても、
よく理解してもらえないかとも思うのですが・・・」
と森川誠は、話を続けた。

「龍馬さんのやりとげた仕事で、やっぱりすごいのは、
薩長同盟(さっちょうどうめい)を、取り持って、
結ばせたことだといわれています。
なにしろ、薩摩(さつま)と長州(ちょうしゅう)は、
犬猿(けんえん)の仲(なか)で、
戦(いくさ)の敵(かたき)同士だったんですからね。
その双方(そうほう)の心を、いわば和解(わかい)させて、
団結(だんけつ)させてしまったのだから、すごいと思います」

「まあ、そんなことは『若さ』だけでは達成できっこないわけです」
といって、森川誠は、また声を出しわらった。

森川の笑い声が、気どったところのない、子どものように
あどけないものだから、
聞き入っている、みんなからも、笑い声がもれた。

「じゃあ、何が、龍馬さんの偉業の達成の原動力だったのかと、
考えてみるのですが、それは、龍馬さんの『優(やさ)しさや公正さ』
じゃないかというんですね。これは、わたくしの発見や
考えではなくて、脚本家(きゃくほんか)の
浅野妙子(あさのたえこ)さんの言葉なんですが、
わたくしも同感したというか、感心したわけなんです」

「現代社会は、まさに、この『優(やさ)しさや公正さ』に欠(か)けているから、
格差も貧困も、さまざまな問題も、発生していると思えるわけです。
そして、社会に求められているものも、集約するというか、単純化していえば、
『優(やさ)しさや公正さ』なのだと思うのです。
わたくしどもの、仕事の、お客様の求めている、ニーズ、需要(じゅよう)も、
『優(やさ)しさや公正さ』のなかにあるとも、いえるかもしれません」

「すくなくとも、わたくしたちの仕事の達成のためには、
優しさと公正さは、欠かせない、必要なものだと、わたくしは考えています。
社内規定(しゃないきてい)に、
『業務上の連絡など、すべては、
命令はしてはいけない。説得すること。すなわち、
よく話して、相手に納得させること』
とありますが、この規定なども、
優しさや公正さからくる考え方が根本にあるわけです」

「会社の中においては、権力欲や上下関係の意識などは、
本来、不要なもので、仕事の邪魔あり、害悪ですらあると、
わたくしは考えています。
なぜなら、正常な、健全な、コミュニケーションを妨(さまた)げるからです。
みなさんの個性や人間性など、
個人個人がもつ力を十分(じゅうぶん)に発揮できなくなるからです」

森川誠は、大型ディスプレイを見ながら、話をつづける。

「2012年の12月をもちまして、
わたくしどものモリカワは100店舗を達成しました。
目標を1000店にしてありますのも、
これからは、加速度をつけて、仕事を展開してゆきたいからです」

「この話は、広報にも載(の)せますが、
ここに集まっていただいた、モリカワの、
いわば、司令塔(しれいとう)のみなさんには、
特に、龍馬のような若い行動力や、
『優しさと公平さ』を大切にしていただいて、
仕事をしていただきたいと考えています。
わたくしの話は、以上といたします」

「社長、貴重なお話をありがとうございました」と
司会役の市川真帆(いちかわまほ)がほほえんだ。

≪つづく≫ 

☆発行責任者:乙黒一平(おとぐろいっぺい)
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