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雲は遠くて <2> 1章 駅 (その2) 韮崎駅の近(ちか)くの山々や丘(おか)には、 雨に洗(あら)われたばかりの、 濃(こ)い緑(みどり)の樹木(じゅもく)が、 生(お)い茂(しげ)っている。 さらに、遠い山々には、白い霧(きり)のような雲が満(み)ちている。 「おれって、やっぱり、田舎者(いなかもの)なのかもしれないな。 東京よりも、この土地に、愛着があるようなんだからね」 照(て)れわらいをしながら、信也(しんや)は純(じゅん)にいった。 「おれだって、こんなに空気のいい土地なら、住みたくなるから、 信(しん)が田舎者ってことはないよ」 純はわらった。 「ところで、信。もう一度、よく考え直(なお)してくれるかな。 おれも、しつこいようだけど・・・」 歩きながら、純は信也の肩(かた)に、腕(うで)をまわして、 軽(かる)く、揺(ゆ)すった。 「ああ、わかったよ。でも、さんざん、考えて、 決心して、帰って来たばかりなんだぜ。 それをまた、すぐにひっくり返すなんてのは、 朝令暮改(ちょうれいぼかい)っていうのかな、 なさけないないというか、男らしくないというか・・・」 「そんなことはないよ、信(しん)。いまの時代は、 変化が激(はげ)しいし、多様化の時代だし、 1度決めたことだって、変更しても、 それが正しいことのほうが多いと思うよ。 いまの政治家とかの、している話だって、 朝令暮改で、呆(あき)れるばかりじゃん。 まあ・・・おれたち若者の場合は・・・、 決心したことを、変更する勇気のほうが、 おれは男らしいと思うけどね」 「またまた、純は、人をのせるのがうまいんだから」 二人(ふたり)は、わらった。 「な、信(しん)。おれに力を貸(か)すと思って、 親父(おやじ)の会社に入ることを考えてほしいんだ。 一緒(いっしょ)に、ライブハウスやバンドをやって、 ・・・夢を追(お)っていこうよ。 ・・・おれは真剣なんだ。冗談(じょうだん)抜(ぬ)きで。 かわいい美樹(みき)ちゃんだって、それを願っていると思うよ。 ・・・信は長男だから、家を継(つ)ぐと決めたことはわかるけど、 『信也さんの実力を試(ため)す、いい機会ですよ』って、 お父(とう)さんとお母(かあ)さんに、おれが説明したら、 昨夜も、ニコニコと笑顔で、わかってくれている みたいだったじゃない。話のわかるご両親で、 おれも、ほっとしたよ・・・」 「純は、説得の名人だからなあ。参(まい)ったよ」 韮崎駅に着いた二人は、改札口の頭上(ずじょう)にある、 時刻表と時計を眺(なが)めた。 新宿行(ゆ)き、特急スーパーあずさ6号の 到着時刻の9時1分までは、あと5分ほどであった。 「まあ、信、よく考えください。おれらには、 時間は十分あるんだし・・・」 「わかったよ。まあ、何事も、簡単にはいかないよね。 おれもまた、よく考えてみるよ」 そういって、純と信也は、手を握(にぎ)りあった。 純は、切符(きっぷ)を購入(こうにゅう)すると、 改札口を抜けて、振(ふ)り返(かえ)り、 笑顔(えがお)で、信也に、軽(かる)く手を振(ふ)った。 信也も笑顔で手を振った。 そして、純はホームへ続く階段へと姿を消した。 ≪つづく≫ |