秩父宮ラグビー場の一角。体育用具が置いてあるのが似合うコンクリートの建物。壁や床からはひんやりした空気を感じる。
身体に押しつけてくるような突然の爆音。DISCOVEREDのショーが始まった。
通常のセンターにランウェイがある状態とは異なり、中央に観客、その周りをモデルがぐるぐる回るスタイルで、しかもモデルのウォーキングがかなり速い。あっと言う間に過ぎ去ってしまうモデルを急いで目で追いかけたのものもつかの間、終わりも唐突であった。
コレクション自体は、全てメンズスタイルで黒を基調としているが、同じ黒でも、レザー、ニット、ファーなど多様な素材で全く違う表情を作り出している。色味が黒に限られているにもかかわらず、一切「男らしさ」は強調されていない。更に言うと、女性が着てもおかしくないというよりは、男性が着ていることに少し違和感があるようなニットワンピース(と表記してよいものか悩むのだが)もあった。起用しているモデルも小柄で華奢。
この初日のショーに包括されているものは、ジャパン・ファッション・ウィーク(以下、JFW)の随所に現れていたように思う。
それは、「ジェンダーレス」、「組合せ」、そして「概念」である。(ヤマウチ取材・執筆)
ジェンダーレス

DISCOVEREDの他、FACTOTUMやyoshio kuboのショーでも、「スカートのようなもの」が登場した。これらはほとんどが単体で用いられずに下にデニムなどを合わせられることが多く、1990年代後半から2000年代前半頃に流行っていたスカートとパンツを同時に履くファッションに似ている。女性の場合、主役はあくまでもスカートであったが、ショーの中で示されていたのはパンツと同系色であったり、その布自体の面積が小さかったりと、主張しすぎないものであった。yoshio kuboのショーで用いられた、女子学生の制服というイメージが強いプリーツスカートの使用でさえ、不必要に目立つものではなかった。最近よく男性のレギンス姿を見かけるが、最初は女性用のアイテムとして認知されていたものを男性が着用するという傾向の上での同じ現象の一つなのかもしれない。
これはいわゆる「男女どちらでも着られる服」という意味での「ユニセックス」とはいささか異なる。また女性がネクタイをしてパンツスーツを着るような、「異性装」とも趣が違う。ユニセックスのように、シャツやトレーナー、ジーンズといったアイテムが限られているわけではなく、異性装より遥かにナチュラルであった。
男性がスカートを着用することに違和感を覚えるとするならば、男性のキルトが民族衣装である地域があるように、それは社会的観念によるところが大きいように思える。本来、社会的観念とはその中で生活している者には意識し辛いものである。そういったところに疑問を持ったり、興味を抱いたりしていくと、そこには必ず新しいファッションがある。それはココ・シャネルが世にもたらしたジャージ素材のスーツ、コルセットからの解放、黒やボーダー柄を特別な衣服以外で用いた功績からも伺える。今後もジェンダーレスの流れは私たちが気づいていない社会的観念を打ち砕いていくだろう。

組合せ

先ほど言及したシャネルは2010年に創業100年を迎える。このことによって立て続けにシャネルに関する映画が上映されているが、何か一本でもご覧になっただろうか。
それらを観ると、映画の中ということで当時と全く一緒ではないということを差し引いても、シャネルのデザインが今現在も全く色褪せていないことに驚愕せずにはいられない。戦前から既に彼女は現代のデザイナーだったのである。
もはやシャネルほどの衝撃をランウェイに生み出すことはかなり難しいだろう。それを証明するように、今回のJFWを見ていて感じたことは、どの服の形状も「言葉で表現できる」ということだった。サルエル、コクーン、ドレープ、オールインワン、アームウォーマー・・・。つまり、これらが単語になっているということは、それら自体は既に登場していることを意味する。ではどういった手法で既存のものを新しくしていくのか。
そこで今回顕著にあらわれていたのが組合せである(やや不明瞭な表現だが、組合せというほかに適当な単語が見つからない)。
例えばジャケット一つにしても、袖と胴の部分の素材が違う。また袖だけ見ても、袖の表地は大抵2枚だが、それが6枚やそれ以上にもなっているものが多く見られた。それはデザイン性を重視した結果そうなったものもあるが、多くのパーツを使いより立体的な形状になることによって、最終的に無駄のない美しいフォルムを作り出しているものもあった。
私たちがショーの写真を見るとき、それは真正面からのものが多く、なかなか後ろ側や袖の外側の素材は分かりにくい。ショーを観ていたとしても、それらのパーツはほとんどが似たような色合いで特に強調されていないので、気づかなかった人もいただろう。しかしながら、そういったディテールにこそデザイナーのこだわりがあり、全体の美しさに貢献しているということをここに述べておきたい。

概念

冒頭にDISCOVEREDのショーの話をしたが、そのほか全観客が同じ方向を見ている前を観客と壁の間をモデルが通っていくものや、S字上に並べられた椅子の間を歩くもの、また音楽にしても大音量でスピーカーから流したり、演奏者が実際に楽器を奏でたり、それぞれそのスタイルはまるで違う。モデルたちが歩くランウェイ一つにしても、黒や白、砂が撒かれたもの、英字新聞が貼られたもの、織物が敷いてあるものなど実に様々である。G.V.G.Vは今回、映画「マルホランド・ドライブ」にインスパイアされたと語っているように、全体的に「赤」のショーであった。ライト、ランウェイ、そして最前列には様々な形の赤い椅子が用意されていた。
こういったデザイナーの概念や感性といったものもブランドを形成する大きな要因であることが分かる。去年銀座にもオープンしたAbercrombie & Fitch(店内が暗く、大音量の音楽、強めの香水の香りがすることが有名)が決して、その服自体だけで人気があるわけではないこともここで触れておこう。
メディアやビジネスと深く関わっているファッション業界。もはや服は服そのもののでは存在し得ない。「ファッション」を成立させるためには、糸や布といった素材的な要素よりも、それ以外の要素の重要性が今後低くなっていくことは有り得ない。
以上、「ジェンダーレス」、「組合せ」、「概念」といった3点について述べてきた。
しかし、現代の東京のファッションを語る上でもっとも重要なキーワードについて、まだ触れていない。それは「kawaii」である。

「kawaii」

まず、なぜ小文字のローマ字で記述したかということから説明しよう。ひらがなやカタカナといった表記の違いでさえ受け手が感じるイメージには少しずつズレが生じる。また、今日の「kawaii」という単語が意味する範囲があまりに大きいため、そういったズレも含めたまま、ここでは「kawaii」というローマ字を読んだときの音を用いたい。
「kawaii」はjazzkatzeやNOZOMI ISHIGURO、fur furに現れていた。jazzkatzeには女の子の丸い顔が特徴的なプリント柄が多用され、また手のひら大のその顔が胸元についているワンピースもあった。その女の子の表情は笑っているのに目が見開いているような少し不気味なものであった。
またNOZOMI ISHIGUROのコレクションには肩やひざなどに顔と胴体以外ほとんど糸がそのままのような骸骨の人形が縫い付けられており、モデルが歩くたびにブランブランと人形の足の部分が宙に浮く。全体的にはモデル自体がアニメのキャラクターかと思わせるような、上下つけ睫毛をして派手なメイクにポップな色合いであったり、ハート型のキルティング加工の施されたコートであったりと明るい印象なのだが、そこにわざとビターな要素を加えることによって、より「kawaii」を作り出すことに成功していた。
特に言及したいのはfur furのショー。まず誰の目にも明らかなことはモデルが小さい。モデルと称することにためらいを覚えるくらい、「普通の女の子」という印象である。中には150cm台のモデルもいただろうか。彼女たちは、キャットウォークと言われるようなモデル独特の歩き方をしない。そして手には白のバラの花束を持ち、頭にはケーキを乗せていたりする。古い教会をイメージしたというショーは四角いベニヤ板を敷き詰めた中でシャンデリアが垂れ下がり、少女が奏でるヴァイオリンの音と共に進行する。
最後のシーンで白や黒の衣装に身を包んだモデルが全員登場するところはいささか薄気味悪さを感じた。
これらに共通するように、完璧に整った美しいものよりも、少し奇妙で、不完全で、アンバランスなものを「kawaii」と呼ぶ、日本的美学がそこにあったように思う。

22日のSHINNMAI Creator’s Projectから26日のNOZOMI ISHIGUROまでを観てきた。44(SHINMAIを含めると48)ブランドのショーにはそれぞれ全く違う個性といった散在性と、一部分であるが今述べたような共通性があり、全体像をつかむことは不可能である。
散在性と共通性。これがまさに日本の顔。いや東京の顔なのだ。ここまで述べてきて、今改めてそう思う。
回を重ねるごとに勢いを増すJFW。さて次回はどんな面白い顔を、どれだけ多くの表情を見せてくれるだろうか。

Japan Fashion Week in Tokyo 2010  http://www.jfw.jp(日・英)                                    (C)2010 Japan Fashion Week Organization

まぐまぐ(HTML・TEXT)、melma(HTML)、E-Magazine(HTML)、 MailuX(HTML)、 Yahoo!メルマガ(HTML・TEXT)、
カプライト(TEXT)、 めろんぱん(TEXT)、RSSmag(RSS)

Copyright 2010 Tokyo-Fashion.net All right reserved.
mail:info@tokyo-fashion.net