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タイトル:石川ファミリーアンサンブル通信569  2010/02/04


今日は1段と寒さが厳しいですね。昨日は節分。季節の変わり目で、今日は春のはずですが?ちなみに大寒は1/20だそうで。今日の方がもっと寒いです。
豆まきはされたでしょうか?福は内、鬼は外と掛け声をかけるのが一般的だそうですが。鬼も内と言うところもあるそうです。
鬼は神社で神と讃えられるところもあるそうです。そういえば秋田のなまはげなんかは鬼にかわいがってもらうとよいみたいですよね。
また、これはスーパーで聞いた話ですが、大阪の商人の間では鬼は内というそうです。
これは大荷は内ということで、大きい荷が内に来て商売繁盛ということだそうです。
豆は数え年の数だけ食べるのが普通ですが、おいしいんでついたくさん---
さて、ブラームスの話題。今回、私はブラームスについて特に悪いと言っているのではありませんので、ブラームスファンの方には悪しからず。
日本において、正当な評価がなされていないという気がします。
ブラームスの第1番、ベートーベンの後を継ぐ正統的な交響曲と言われています。果たしてそうなのでしょうか?
ベートーベンの引用が沢山出てくると言われています。第1楽章には運命の動機。第4楽章には喜びの歌など。
ですが、みなさん、ワーグナーの動機も結構出てくることにお気付きでしょうか。
冒頭の、ティンパニの連打に支えられて出てくる何やらいかめしい音階進行、これってトリスタンとイゾルデにそっくりではないでしょうか?
第4楽章の第1テーマが出る前のホルンのアルプスの主題(クララへの愛の主題)、この後の第1テーマ間での間のトロンボーンのコラール。
これって、マイスタージンガーの親方の主題では?
ベートーベンの第10番と言われたのは2面あって、もちろん、それは上記の理由のベートーベンを継ぐという意味もあります。
ですが、ベートーベンから抜けきれない(つまり独自性がない)という説もあるくらいです。
ブラームスはベートーベンと比較されることを嫌がっていたようです。
第4楽章のテーマが喜びの歌と同じという讃美に対し、耳の悪いやつはそう思うだろうと行ったとか言わないとか。
つまり、ハンスリックにひっぱられて、ベートーベンの後継者にかつぎ出され、そこでの葛藤があったのでしょう。
もしかしたら、このテーマ、皮肉をこめて書いたのかも知れません。
ベートーベンに最後まで近づこうとした、それは皮肉にもブルックナーだったんですね。
第3交響曲でベートーベンの第9に似た曲を書いた。その構成がどうしてもうまくいかず、改訂。
そして未完の第9では、まさにベートーベンの第9に近づいた。第1楽章はまさにベートーベンの第9そっくりです。
ブラームスはそういう意味で反ベートーベンのような気がします。ただ、北ドイツ的な重厚な音の感じがベートーベンを連想させたのでしょう。
ブラームスも何の先見もなく素直に聞くと良いものですし、さっきのワーグナーの引用らしきものも見えてきます。
かえってつまらない講釈を聞くとその面白さが半減するように思えるのですがいかがでしょうか?

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IFE通信No.569 10/2/4発行(平日発行)
発行者:石川 聡
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