黒を超えて
誰だったか、ある哲学者がこんなことを述べていた。「黒にはもともと、高貴、優美、謹厳、簡素などの特質がある。」私は子供の頃は黒を恐れていたのに、いつのころからか黒に憧れの気持ちを持つようになった。
「黒川雅之建築設計事務所」の製品が並ぶ有名ブランド「GOM」の代表作、「ASH TRAY」の純粋な黒には、不思議な魔力があるように思われ、私は心を深く引きつけられた。荘重、神秘、静寂のイメージと、優雅、古典的、高貴のイメージ。この二つの全く異なる隠されたイメージが、私の目の前で交錯し、昇華していった……。
黒は、ファッションの信仰において何にでもフィットする主流である。黒は、配色の取り合わせに最も力を発揮しながら、御するのは最も難しい色だ。使いすぎるとそのマイナスイメージが突出し、人をしり込みさせる。だが、常にその場にぴったり合った黒い服を身に付け、黒によって思想や考えを語るのを好む黒川先生は、GOMの黒に対して、斬新な「近代デザインを拒絶し、近代デザインに反抗し……高貴さと地獄と死のイメージを備えた、淫靡さと日本の暗黒や影の美的意識」を与えている。
近年日本列島に静かに巻き起こった「黒ブーム」を語るには、もちろん「スターフライヤー」の驚くべき古典美を示した抜群のデザインや、アップルのノートパソコンやiPhoneの基調となる黒に白いロゴをあしらったコントラストの創意を抜きにすることはできない。だが正直なところ、黒いトイレットペーパー、黒い綿棒、黒い歯ブラシ、さらには黒い豆腐、黒いうどん、黒い温泉卵となると、黒が人々の持つ意識に強烈なインパクトを与える一方で、ちょっとやりすぎではないかと当惑を感じてしまう。
長い間見つめたり触れたりしていて、私は「ASH TRAY」が快感を感じさせる素材――ゴムでできているのに気がついた。ゴムの記憶をたどってみると、泥まみれのタイヤや、密封のためのパッキングぐらいであって、決して美しい風景と関わっていない。だが黒川先生は独特の匠の心で直線と円弧を組み合わせたシンプルな造型を選び、「男に女のような柔らかさを、女にキリっとした強さ」を持たせ、「二つの美意識が互いにぶつかり合って発生した、雌雄同体のような壮麗な美」を作り出したのだ。
煙草を吸ったことのない私が、灰皿にこんなにも引き付けられて夢中になってしまった。GOMシリーズが30年以上前に生まれてから今までずっと売れ続け、国際的に権威のある工業デザイン賞――日本グッドデザイン賞のロングセラー賞を受賞し、ニューヨーク近代美術館のパーマネントコレクションとなっているのは、きっとそんなところに秘密があるのだろう。(姚遠執筆)
|