現代都市の工事現場には、派手な注意看板やカラーコーン、トラ縞のバーが林立し、騒がしい迷惑な場所というイメージがある。全体的にみれば、都市が常に建設中、工事中で「完成形はない」とも言えるだろう。しかも工事中、空白として放置されてきた。

それが近年、都市の工事現場が新たな役割を演じつつある。デザインを媒介にして、止まった時間・空間の潜在的な価値を引き出すのと同時に、公共空間として機能させること、また、公共事業や街の再開発への興味、参加意識を高める意欲的な取り組みが始まっている。

しかも、ステュディオ・ハン・デザインの韓亜由美さんが提案した「工事中景」は、都市だけでなく、現場で働く人々への配慮、現場のモチベーションを高め、現場の工事進行の様子をwebで紹介したり、街に生活する人々や働く仲間たちの笑顔が登場したり。これこそ、巨大な都市建設現場を舞台にした素敵なシアターではないだろうか。
街のアイデンティティを伝えるため

新宿駅南口地区基盤備事業の国道20号線甲州街道跨線橋架け替え工事での現場のデザイン。 「新宿」という場所が、世代を超えてそれぞれの青春時代を重ねる街として再認識させるのと同時に、未来の南口の工事への関心、事業への理解を目指した。

全長約320mの「仮囲い」を新メディア、歩行者とのコミュニケーションツールとして活用し、街、ファッションなどのイメージと言葉を過去から時代ごとに順に掲示した。夜に「新宿の未来色・募集」と題して利用者から未来の新宿の色を募ってライトアップをデザインする試みも。2005年度グッドデザイン賞受賞。

新宿サザンビートプロジェクト2006 新宿ID(実施期間 2006-2007)

新宿サザンビートプロジェクト2005の続編「新宿ID」として新展開。新宿に生き、新宿を愛する183人のポートレートが仮囲いに登場、自らが新宿の一部となることで、街と道行く人々に語りかけ、新宿の現在の姿を再発見してもらうことを目的とした。

また、工事現場で働く人々がQ&A方式で事業を紹介、作り手の見える工事現場を目指した。年末年始には、市民への光のメッセージを点灯。多くのメディアで前回のプロジェクトを上回る話題となった。

新宿サザンビートプロジェクト2007 新宿ID みらい篇(実施期間 2007-2008)

新宿を愛するすべての人に街の近未来を思い描いてもらおうと、東北出身のオリジナルキャラクター“みちの みらいくん”が、2016年の南口新ターミナル完成時に新入社員として新宿に初めてやって来るというストーリーを設定した。

近未来の新宿を舞台に、人々がいきいきと活動する様子から現在を見直すブログサイト“しんじゅくのみらい”で発信。気軽かつリアルに、未来の新宿づくり=自分たちの街づくりに参加してともに考える場に育てる予定だ。“ひかり回廊”では、約150mの工事迂回路を上演中の舞台のように彩り、さらに正月にはストックヤードを活用した内照式カラーコーンによる“顔文字の地上絵”が出現した。

「界隈」の今の魅力をつたえるため
ひきふね画プロジェクト 前編後編(実施期間 2006-2008)

曳舟駅前開発事業用地に建てられた仮囲い。地元の人々のポートレートと心温まるメッセージが書かれている。思わず振り返ったり、園児たちが写真をなでたり、写メールしたり、道行く人々のお気に入りの壁となった。また、撮り下ろした「今に生きる曳舟界隈の魅力」と「住む人々のいつも前向きな姿勢」を表現した言葉によって現在の曳舟界隈の魅力を描き、日常生活の中にある大切なものに気が付いてもらい、これからの新しい生活を考えてもらうことを意図している。 

後編に更新するにあたって、地元の町内会、保育園などに対して行ったヒアリング調査の結果、「工事囲いの殺風景な通りが明るくなった」「自分たちの住む日常の光景を題材にした写真と言葉に共感した」などの声が寄せられた。より積極的に地元密着の視点からデザインを展開しようと考え、お風呂屋さん、とんかつ屋さんなど地元の7組の人々が登場し、各々の言葉で思いを語ってもらった。工事中景によって、住民とのコミュニケーション、場所性をテーマにしたアートの可能性を証明した。

日本橋  Muromachi in Progress (実施期間 2004-2008)

従来の地下工事につきものの覆工板には、歩車道境界に工事用コーンやロープが置かれ、空間が煩雑になるだけでなく、歩行者を戸惑わせてきた。ここでは、仮設の工事現場といえ数年単位で設置され、三越・三井・千疋屋など老舗が連ねる旧来の商業地、日本橋という伝統的な景観イメージへの配慮から、江戸文様に発想した覆工板をオリジナルにデザイン。車道部、境界、歩道部の3つに明確に分離し、境界には車止めを設けて歩行者の安全を確保した。2005年度グッドデザイン賞受賞。

場所特有の文脈を可視化するため
Thinking Forest (実施期間 2007-2008)

東京大学本郷キャンパス、大学院情報学環の新校舎「福武ホール」建設現場のデザイン。情報学環という様々な分野から構成される「知」の体系を視覚化することを計画。所属する全員から募集した約800の研究キーワードと「知」の有り様を植物が繁る森の生態系のイメージとして表現。学生と教員は自らの分身の動物を、その他の人々には花や実を、それぞれ森の中にシールを貼ってもらうという参加型の企画を行った。森の誕生から動物が育ち、花や実がみのり、生態系はその姿を豊かに変化させていった。

コンセプトは「土地の記憶のアーカイブ」。北船場はかつて大阪が“天下の台所”と呼ばれた頃、格式ある商人文化の街だったが、時代とともにかつての華やかな船場は忘れ去られようとしていた。今回、埋もれつつある船場の記憶を掘り起こし、道行く人々に今後の船場を考えてもらおうと計画。商家の話し言葉で品格と諧謔味を併せもつ「せんばことば」を歩きながら追体験させる事を想定した。

那覇港の港湾施設にあるフェンスのデザイン。立入防止柵としての機能を発想転換しフェンス面で港湾のイメージアップを図ることを目的にデザインされた。港湾というスケール感と、ドロスの景観を背景に、延長150mに並べた透過性あるパンチングメタルに連続して大きなグラフィックデザインを印刷。沖縄で撮り下ろした写真をイラスト加工して「伝統文化」「郷土料理」などのイメージを反映させた。2005年度グッドデザイン賞受賞。

プロフィール

韓 亜由美HAN Ayumi 都市景建築家/Urbanscape Architect

東京生まれ。1982年東京芸術大学美術学部卒、86年イタリア・ミラノ工科大学建築学科留学。クラマタデザイン事務所を経て、1991年ステュディオ・ハン(現ステュディオ・ハン・デザイン)を設立。高速道路の橋梁やトンネルなどの構造物、走行空間のシークエンスなどを数多く手掛ける。主なプロジェクトに「新宿サザンビートプロジェクト」「第二東名高速道路豊田ジャンクション全体景観設計」「東京湾アクアライン・シークエンスデザイン」などがある。

都市全体の機能や社会的・文化的側面から、都市をリデザインする視点、時間空間活用法として見直せば、これほど魅力的な「手つかずの場」はない。景観の一部として、メッセージを伝える活きたメディアとして、芸術的な表現の舞台として。街に住む人々の目に触れる、一定期間影響力を持ち続ける現在進行形の「現場」なのだから。

韓さんのデザインはそこにあることに意味がある。仮囲いという媒体を使って、その街にメッセージを伝える。人々の五感に乗っかって心に染み渡ってゆく。韓さんは仮囲いを魅力的な場にしたいと言っていたけれど、工事現場周辺のみならず、その街全体を幸せな気分にすることにつながるだろう。

ステュディオ・ハン・デザイン公式サイト http://www.studio-han-design.com(日・英・中・韓)

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