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砂金と無理やり情を交わしてから、蔵人は砂金の事を昼も夜も考え、毎夜毎夜、局に忍び入っては体を重ねていた。砂金は、蔵人が来るのを分かりながらも、他の女房の局に逃げるような事はせず、毎日蔵人を受け入れた。 ある日、砂金は蔵人の背中に腕を回しながらつぶやいた。 「きっと殿は私たちの関係をご存知よ・・・」 蔵人は砂金の首筋をむさぼりながら、言った。 「まさか。殿は最近は内裏に詰め通しだ。どうやって私たちの事を知れる?」 「あなた、何て周りが見えていないの?この邸の者は、皆、殿の味方よ。隣の局の女房も、玄関にいる青侍達も。隣の女房は、私に召人の地位を奪われて、私を憎んでいるの。覚えている?井戸で私の髪を切ろうとした女房。」 「・・・あ、ああ・・・。」 「隣の局から、殿と違う男性・・おそらく殿の愛人の蔵人殿との情事の声が聞こえてくる、と気づいたら、すぐに殿の所に知らせを送ると思う。」 蔵人は驚いて砂金の顔を見た。 「なのに、なぜまろを受け入れてくれる?そなたの立場が悪くなるのに。」 砂金はじっと蔵人の瞳を見つめた。 「・・・分からない。私だって美しいだけで、こんなに頭の回転が悪い男を受け入れるとは思っていなかった。殿の信頼を失い、私と家族共々が破滅するのに・・・。」 蔵人は苦笑いした。 「・・・ひどい言われようだな。・・・でも、そなたは今まろの腕の中にいる。」 「そうね。私も馬鹿な女だわ。」 蔵人は砂金を抱きしめた。 「・・・そなたを連れて、東国にでも行けたらいいのに・・・。そうしたら、誰も追って来れない。」 砂金は苦しそうにうめいた。 「そんな口先だけの事を言っては駄目。あなたは都を離れられない。そして、誰かの庇護を得なくては生きていけない人・・・。」 「そして、私は自分の事を本当に愛している人とではないと、そんな所へは行けない。」 蔵人は、自分の心の奥底で、欲している事を言い当てられて、動揺した。砂金を黙らせるために、脚を両腕で大きく開き、顔を埋めた。砂金は肩を左右に揺らして、熱い息を吐いた。 次の日、蔵人は権大納言から、北の方が懐妊したようだという文をもらった。同時に、内侍から、今夜来なければいよいよ件の事を決行するとの文が来た。 蔵人は混乱し、砂金にどちらを優先すべきか相談した。砂金は内侍との一件を聞き、呆れたような表情をして、蔵人を見つめた。そして、蔵人が自分に何を求めているかが分かったと寂しそうに言い、何もかもを飲み込むように、表情を引き締めた。 蔵人は、砂金が自分を嫌いになってしまったかと怯えた表情をした。 砂金は蔵人に噛んで含めるように言った。 「違うの。初めからあなたは私の事を恋愛の対象として見ていないとは分かっていたから。ただ、ちょっと寂しかっただけ。あなたには北の方も、内侍殿もいたのね・・・。」 (孤独な魂が引き合ったのだ、と思いたかったのは私だけだったのだ。) 砂金は潤んだ黒い美しい目で優しく蔵人を見つめた。 蔵人は死んだ母に見つめられているような気がして、体の芯が温かくなってきた。 砂金は冷静に、北の方をまず優先する事、内侍には北の方の事情を説明して一日待ってもらうように、と蔵人に指示した。 その夜は、蔵人は関白殿に、北の方が懐妊した旨を告げ、当分お暇をいただきたいとの申し出をした。関白は急ぎ宮中から文をよこし、そういう事情なら仕方ない、必ず戻ってくるように、と半月の暇を与えた。 許可を与える文をほっとしながら読んでいた蔵人の局の御簾が、揺らいだ。 振り向くと、そこに砂金がいた。 砂金は、蔵人に近づいて、首筋にしっかりと抱きつき、口をふさいだ。 「もう、決してこんな所に戻ってきては駄目よ・・・。北の方とお子様と幸せに暮らしなさい。私は何とかする。殿は私を愛してくださっているから、許してくださるかもしれないし、もしこの御殿から追い出されても、私達家族は、何とか生きていけるわ。」 蔵人は首を強く振った。 「まろがそなたを修羅に引き込んだのに・・・。」 「決してそなたを一人にしない。まろはここに戻ってこなくてはならないのだ。左京大夫様から関白殿に守ってもらうために。」 砂金は脱力したように座り込んだ。 「ああ・・・そうだったわね・・・。本当にあなたは何て人。院と左京大夫様からにらまれ、殿に守っていただいているにも関わらず、厄介な縁ばかり結んで・・・。」 「砂金・・・やはり呆れているのだね・・・。」 砂金はひざまづき、蔵人の頬を挟んだ。 「なのに、この顔を見れないと辛いわ・・・。」 「あなたが北の方のもとから帰ってくる頃には、殿はこちらに帰っておられると思う。」 蔵人はうなずいた。 「もう、終わりにしましょう。私も、殿と同じ屋根の下であなたと情を交わす気にはなれない。」 蔵人は、駄々をこねる子供の様に嫌々をして、砂金の袿の下に手をねじ込んだ。胸をもまれた砂金は低く呻いた。首筋を愛撫しながら、蔵人は砂金の袿をすべり落として、小袖の胸をはだけて、乳房を吸った。 砂金は蔵人の熱い涙を胸で感じた。 と、蔵人が袴を下ろそうと紐にかけた手を押えた。 驚く蔵人が上を見上げると、砂金は静かに首を振った。蔵人は敢えて乱暴に衣服を剥ぎ取って情を交わす気になれず、おとなしく砂金の言うとおりに従い、すべらかな白い胸に頬を寄せ、静かに静かに舌で愛撫し続けた。蔵人の烏帽子の上に、砂金の涙の染みがいくつも出来ていた。 次の朝、砂金は蔵人より早くに目を覚ました。 胸の愛撫を受け続けている間にいつの間にか眠ってしまったらしい。 袴の紐はそのまましっかりと結ばれていた。 砂金は子供の様に目を腫らしながら寝ている蔵人の顔をもう一度じっとみて、小袖の裾をすばやく袴に押し込み、袿を羽織って局に戻った。 しばらくして、やつした網代車が関白の邸を出て行った。女房の物詣に見せかけて蔵人が北の方の邸に出かけたらしい。 砂金はぼんやりと喪失感を味わっていた。 (続く) ******************************************************************** 前回の更新から一年近く経っての更新です。 お待たせしてすみません。 葉桜 |