前号のメルマガを読者の元にお届けしたのは、ちょうど人々が東京湾大華火祭に殺到していたころであった。会社の同僚もたくさんの人々と共に晴海埠頭まで行き、華やかな色彩が溢れる美しい夜空を堪能してきた。その後で彼女は、感慨深げにこう言った。「あの晩、私と周囲の人たちはみんな感じていたわ。この国に住んでいて本当に幸せだって!」
私はふと、本棚にある二年前に買った講談社の本、「しあわせのシンボル」のことを思い出した。この本は、中国、アメリカ、イギリス、日本、スウェーデン、イタリアの6ヶ国、2355人の20代から60代までの男女にネット調査をして、その結果をまとめたものである。そこに、「あなたが最も幸せな国だと思うのはどこの国ですか?」という質問があり、中国とイギリス以外の4ヶ国では、申し合わせたように自分の祖国が一位になっていた。
中国とイギリスには楽しい花火大会がないというわけではなく、他の4ヶ国のすべての人が自分が幸福の絶頂にいると思っているわけでもない。……ならば、幸せとは一体何なのだろう?
幸せとは、気ままに書いて美しい思い出が残された原稿かもしれないし、カメラを携えマウンテンバイクに乗ってゆっくり街を走ったことかもしれないし、寝袋の中に身を横たえて星空を眺めたことかもしれないし、泡でいっぱいの浴槽でゆっくり体を伸ばしたことかもしれない……。
幸せとは、陰鬱な雨の日に開いた虹色の傘かもしれないし、休みの日の朝に猫と一緒に朝寝坊をすることかもしれないし、海辺の細かい砂の上を裸足で歩くことかもしれないし、疲労を洗い流すような音楽のシャワーをあびることかもしれない……。
幸せとは何だろう?「幸せとは、あなたが好きな人もあなたを好きなことである」「幸せとは、あてもなく歩いて何の目的もなく何も考えないことである」「幸せとは、好きな人のことを思い出して一人ひそかに微笑むことである」「幸せとは、シンプルに暮らして何の心配もないことである」。この世の中では、すべてのものが幸せをもたらすことができる。早朝の草の葉の一滴の露であっても、たった今ひたいを吹き過ぎて行ったそよ風であっても。
思うに、幸せというものは自分自身の感じ方であって、置かれた状況とは関係がなく、自分の心境次第なのだろう。
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