映画スター兼監督で、近頃はブログとメルマガ発行で活躍している徐静蕾(シュー・ジンレイ)が書いた「バンクーバーでもたらされた時差よ、さようなら」という感慨を読んだとき、私は思わず微笑んだ。それは正にその時の私の心身の状態にぴったりの言葉だったからだ。
東京に戻って数日が経ったが、心は今もあの森林と湖、雪の山々と青い海の間にとどまっているかのようだ。時差で昼夜が逆転してぼんやりしている私の心に、あの忘れがたい旅が夢のように蘇ってくる。様々な皮膚の色と様々な言語の中にいると、まだバンクーバーにいるような気がしてしまう。スイスの風情を備えた2010年冬季オリンピック開催地のウィスラー、英国的雰囲気で都市全体が海浜公園のようなビクトリア……さらには、暇を見つけて少しだけ見ることができたマイクロソフトとボーイングの街、シアトル。すべてが千枚以上の写真と共に、心の深いところに、今まで経験したことのない、永遠に褪せることのない思い出を残している。
国連に、最も住みやすい街として何回も選ばれているバンクーバーの澄み切った青空と果てしない地平線を前にして、ビルの林立する東京の狭い家に長年住んでいる私は、心からのびのびとできる特別な気分を味わえた。懐かしいような気持ちにさせられるバンクーバーの街の風景が、私の神経の隅々まで絶え間なく流れ込んでくるのが感じられた。
車より人を優先する習慣、公園や街のあちこちにある無料の水飲み場などは、初めて海外に出た華人なら、国内ではできない体験に大いに驚かされるのだろうが、東京に住んだことのある者にとっては当たり前のことだ。だが、ちょっと東京ではお目にかかれないのが、スタンレー公園でしばしば出会うリスやアライグマだ。彼らは人間をまったく意識せずにすぐ近くまで来るので(カナダの野生生物法では小動物を虐待してはならないという明文化された規定があるそうだ)、この環境保護意識のおかげで、原始林の中に身を置くような非日常的イリュージョンをいつでも楽しむことができる。
また、小さなことだが、見逃せないことがある。それは、多くの男性用トイレの入口に、「ベビーシートあり」という表示がかかっており、中には男性が用を足すときに子供を乗せられるベッドがあるということだ。東京ではこうした施設は、女性トイレ専用のものだろう。どうやら優しいカナダ人の女性に対する尊重は、女性のためにドアをあける時の礼儀正しい紳士の風格だけに留まるものではないようだ。 |