メルマガ:嵐の前
タイトル:「嵐の前 10 同じ魂」  2007/07/09


10「同じ魂」


それは全くの偶然だった。
とぼとぼと庭に出て行く蔵人に、局から女のあえぎ声が聞こえてきた。


あの宴の後、蔵人は関白の邸で、また身も心もさいなまれる日々を送っていた。
蔵人が絶頂に達しようとすると、冷水のような言葉を浴びせ、蔵人の感情を押し沈め、そして自分だけ快感を感じて放り出す。

蔵人は惨めになり、関白が去った後、声を出さずに泣いた。ある時はこの奴隷の様な境遇から逃げ出そうと懐剣を首に当てた事もある。

しかし力を入れたときの痛さを想像し、手が止まった。
蔵人は自分の臆病さに情けなさを感じ、またひとしきり泣いた。

ある日の夕暮れ、蔵人は帰宅の声が聞こえても、関白が部屋に入ってこない事に安堵し、邸の美しい庭園を眺めて気を紛らわそうと廊下を歩いていた。
・・・そうしたら聞こえたのである。

「あぁ・・・・あぁ・・・との・・・」

辺りは暗くなりかけ、初冬の空風に冬の草花が揺れている。

「砂金、砂金、愛しい奴・・・」

蔵人は関白の声を聞き、目を見開いた。

簾の中では衣擦れの音がする。関白が砂金に挿入して激しく動いているらしい。
「砂金、まろはお前の前でなら少年になれる・・。」
「との・・・私も殿をお慕いしております・・。」

「砂金!」
「との!」
二人は絶頂に達したようだった。

蔵人は目を閉じて、その場から立ち去った。
蔵人の脳裏には、幼い頃に父が交合の時に母に向かって囁いていた、今と同じ言葉が焼きついていた。

そして自分と母を手放し、自分の都合のいいときにだけ利用しようとする父と関白の像が重なり、吐き気を覚えた。




新年が近づくにつれて、関白はその準備に追われて邸を留守にする日が多くなってきた。

蔵人はかなり開放感を感じ、体力が有り余り始めた。
岳父・権大納言から、関白がいない時には北の方も私も淋しいので、邸に帰ってほしいとの催促の手紙が届いていた。
内侍からも、里下がりをしたので、是非来てほしいとの文が来ていた。

しかし蔵人は、それを無視して、先日から気になっていた、砂金の局の辺りをぶらぶらしていた。


と、砂金の局から琴の音が聞こえてきた。

さすがに雑仕女から女房に上がったからか、音楽の素養は全くない様で、ちょっと弾いたらすぐに間違えて途切れた。きっと砂金は少しでも関白の思い者として相応しい教養を身につけようと琴の練習を熱心にしているのだろう。
和歌の一つも覚えようとしないまろとは大違いだな、と蔵人は自嘲的に思った。

「もう!何て私は駄目な女なのかしら!」

自分に罵声を浴びせる行動が可愛くて、蔵人は思わず「くすっ」と笑ってしまった。


「誰っ!?」

蔵人はそれに答えず、御簾を捲り上げて、砂金の局に入り、驚く砂金の左手を掴み、口付けた。

激しく抵抗する砂金の右手も掴み、両手を床に押し付けて、舌を口の中に押し込めていく。

長い長い口付けが終わった後、砂金の口から唾を引き、蔵人はどんな女もいちころにする視線で砂金を見つめた。

「あの女房達との争いの時から、あなたの事をお慕いしていたのです・・・」

砂金は目を見開いて蔵人を見つめていたが、すぐ冷たい視線になり、吐き出すように言った。

「もうちょっとましな台詞をおっしゃったら?」
「憎い関白の思い者である私を犯したら少しは気分も晴れるだろうと思ってここに来られたのでしょう?」

蔵人は砂金の事を慕っているのは本当なので、意外な事を言われて、困ったような顔をした。

砂金は続けた。
「関白殿は蔵人殿をひどくお扱いになられるそうですね。邸中、有名な話ですわよ。」

蔵人は夢中で反論していた。
「違うのです・・・まろは本当に砂金殿の事を慕っているのです・・・」
「砂金殿は亡くなられたまろの母上に似ている・・・」

砂金は冷静な声で言い放った。
「残念ながら私はあなたの思いに応える事はできないわ。私が関白殿の思い者だからこそ、私の父君は邸の家司になれたのだし、私は・・・関白殿をお慕いしている。」

蔵人はいきなり大きな声を出した。
「どうしてだ!あんなに老いぼれて、人の体をまさぐることしか興味のないような男のどこがいい!砂金殿とは祖父と孫ほどの年も違う!」

砂金は切なげな瞳で蔵人を見た。

「そんな御方が私の胸の中では少年の様にお甘えになるのですわ・・。」

「砂金殿は関白殿の本性に気づいておられない!きゃつは、心底冷たい奴だ!自分の欲望のためには人を地獄に突き落とすのも何とも思わない!」

蔵人は再び砂金の唇をふさぎ、袴の中に手を入れ、繁みをまさぐった。
砂金の腰がくねり、緩んだ小袖の下から豊かな白い胸がのぞいた。
蔵人は夢中で顔を移動し、口で小袖の襟を押し分けて、乳房を吸った。

「ああ・・・・殿・・・お許しください・・・」

砂金の片目から涙の粒が流れてきた。蔵人は涙の粒も吸い込んだ。

砂金は抵抗せずに目を閉じている。
蔵人は砂金の体を抱き上げて、肩から優しく小袖をはいでいった。

そして幼い頃に母に甘えたように砂金の乳房に吸い付き、舌で優しく刺激した。

「ん・・・。は・・ぁ・・・あん・・・。」

砂金は無理に呻き声を抑えなかった。だからと言って積極的に蔵人を誘わず、なすがままにさせていた

。蔵人は静かに砂金の袴の紐を解き、膝まで下ろした。

この間内侍を襲った時の様に油断を見せたら逃げられるかもしれない、という恐れを感じ、黒い秘部を自らの舌で愛撫する事は我慢し、そろそろと右手を下ろしていった。

蔵人の指が砂金の一番敏感な所に触れた。
初めは優しく、次第に激しく、自分の思い通じよとばかり、蔵人は砂金を刺激し続けた。

黒髪に映える白い面輪が次第に色づき、息遣いが激しくなってきた。蔵人の右手は砂金の粘液で満たされていた。

蔵人は自分の衣を脱ぎ、砂金を抱え込み、自分の物を砂金の中に入れた。
砂金は、人形の様な無反応ではなく、優しく蔵人を包み込んでくれる様に思えた。

蔵人は理性を失い、泣きながら、砂金の長い黒髪を体に巻きつけた。

砂金はびくんと体を震わせたが、蔵人を受け入れながら、両手で蔵人の涙で濡れた頬を挟み、口付けた。そのまま二人は体を振動させて、果てた。



その情交は蔵人に苦い後味を残した。

事が終わった後、蔵人が砂金にまた逢ってくれるか問いただしても、砂金は首を横にして何も答えなかった。

砂金が答えなかったのは、蔵人が自分と同じ魂−孤独な魂−を持っていると感じて、惹かれ始めているのを認めたくないからだった。しかし、蔵人にはその砂金の思いを読み取る事は出来なかった。


(つづく)

ブラウザの閉じるボタンで閉じてください。