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タイトル:嵐の前 5 「無邪気な裏切り(下)」  2007/04/13


嵐の前 5 「無邪気な裏切り(下)」

主上は蔵人を抱きしめながら、

「何て事をしてしまったのか・・・。これでは朕も左京大夫らの手からそなたを守りきれぬ・・・。」

主上は蔵人が一瞬息を呑む気配を肩口で感じた。蔵人の細かい体の震えが、主上の胸に伝わってきた。

「左京大夫殿が・・まろに何をなさるのです・・・。」

「そなたを朕の側に置くのは危険なので、大宰介か伊豆守にしてしまえと言っておる。」

蔵人の頭の中で、出世の夢が音を立てて崩れた。同時に主上の顔を見られなくなるかもしれない、という思いが頭の中をよぎり、体中が絞るようにきりきりと痛み、強く主上にしがみついた。細い白い指が主上の肩に食い込んだ。

「嫌です、主上と離れるのは!そんな都から離れた地に行ったらまろは淋しくて死んでしまいます!」

「蔵人、可愛い奴・・・。」

主上は微笑んで蔵人の頬をなで、唇に軽く口付け、舌で優しく唇を愛撫した。

「さて、どうしたらよいかのう・・・。」

「主上のお側にいるためなら、まろは何でもします!まろは取り返しのつかない事をしてしまったのですから・・・。」

主上は困ったような、それでいて甘酸っぱいような表情で蔵人を見つめた。

「まろもそなたとは離れとうない。しかし、朕にも県召(あがためし)の決定はどうにもできないのだよ。最終的な人事権は、朕の伯父であり左大臣も兼ねる現関白が握っておる。いくらまろがそなたを守りたくとも、廟堂がそなたの追放を決めたら、まろは逆らえない。」

その話を聞いている間、蔵人の頭の中では精一杯の計算が行われていた。しかし、自分の全てを投げ出して主上のお慈悲を乞い、なんとか都に止まれる方向に関白の気持ちを動かしてもらう以外方法が考え付かなかった。

「主上・・・。」

涙に濡れた瞳が主上を見上げる。指が襟の留め玉を外しにかかる。

「どうせ引き離されるなら、都にいる間は、どうかお側に・・・。」

「蔵人・・。」

主上が蔵人の手を止めた。

「まだ朝じゃぞ。お楽しみは政務の終わった後に・・・。」

 

暗い部屋の中。御帳台の中で影がうごめいている。

大殿油の炎が揺らめくたびに、その影はあやしく揺らめく。

主上は蔵人を仰向けに寝かせて、白い脚を目一杯拡げさせた。蔵人の顔が羞恥と恐縮で朱くなった。

「ほれ、頬が真っ赤だぞ・・。まるで童のような・・・。」

そうおっしゃって、主上は蔵人の股間を手で優しくさする。すると、そこにあるものは、すぐに顔と同じ様に朱くなり、元気良く勃ちあがる。

「はっ・・はぁっ・・・ど・・・どうか、まろなどにそんなことをなさらないで下さいませ・・。ご奉仕はまろが主上にすべきこと・・・うっ・・。」

主上は、蔵人のものを口に含んでいたずらっぽい目で蔵人の様子をうかがいながら、舌で転がし始めた。蔵人は、主上の口の中などに自分の精をこぼしてはならじと必死で耐える。主上はそれに対抗するように、ますます激しく愛撫する。

「うっ・・・はぁ・・・あぁ・・・主上・・・もう・・・我慢できません・・・ど・・・どうかお口を外して・・・。」

蔵人の腰の動きが激しくなり、目からは涙が溢れ出した。

「どうか、お口をお外しくださいませ!!」

主上はようやく口を離した。蔵人は素早く両手で股間を押さえて、「うっ・・・」とうめいた。手の間から白い液体が、どろっと流れ出してきた。

 

 

主上は口を尖らせた。

「つまらないのう。そのまま出したら良いのに。」

蔵人は上気した顔に、眉を切なげに寄せて申し上げた。

「そうしたら上の玉体にまろの不浄のものがかかってしまいます。・・・それにしても主上はひどい。」

主上はからからと笑われて、

「遠慮せずに朕の口の中で出してしまえばそんなに苦しむこともなかったのじゃ!」

そして蔵人に勢い良く抱きつき、耳に口を寄せ、囁いた。

「朕を裏切った罰じゃ・・。」

蔵人の透き通った目が主上の顔を見上げ、甘えるような声で嘆願した。

「裏切りの償いとして、まろの口にも主上のものを下さい・・・。まろが極楽へ連れて行って差し上げる。」

主上は蔵人を流し目で見やり、右手で尻を愛撫しながらおっしゃった。

「許さん・・・朕はそなたの声が好きだといつも言っておるじゃろう。」

そのまま蔵人の菊座に人差し指を入れた。

「望むなら、ここに朕のものをやろうぞよ。待っておれ。」

蔵人は満面の笑みを浮かべて、主上にしがみついた。

 

 

蔵人は、交わりに疲れ切って、心地よい眠りに入っている。主上は肩膝を立て、そんな蔵人をじっと見つめた。

蔵人の冠は激しい交わりに半ば脱げかかり、黒い絹のようなほつれ毛がふっくらした白い頬にかかっていた。体中には、主上がつけた唇のあとが桜の花を散らしたように点々とついている。主上は、蔵人の唇に、軽く唇をあてた。

(やはり手放せぬ・・・。)

夏の夜は余りに短く、東の空はかすかに空け始めている。主上は横顔にうっすらとした青い光を浴びながらじっと考え込んだ。

(なぜ朕はこれほどこの者に惹かれるのだろう・・。容姿が美しいからか・・?いや、そうではない・・。子供の様な無邪気さと・・・そして、この者の中にあるどうしようもなく暗い闇・・。全てを吸い込んでしまうような・・。それが瞳の奥から垣間見えるからか・・・?)

(この者は今まで一体どれだけ酷い事を経験してきたのだろう・・。そして、どれだけの人の愛を手に入れたらこの者の闇は埋まるのだろう・・。)

「朕の方こそ、そなたと離れたら生きていけない・・・。」

主上はため息をついた。

「しかし、一体どうしたらよかろう・・。」

 

 
それから何日か後、珍しく関白以下参議まで揃った評定の席に、蔵人・藤原高藤が座主の任命を巡って山門強訴が起こった事を伝えに来た。そして、すぐ自分の持ち場に戻って行った。主上は、(また、強訴か・・。大衆たちの我儘にも困ったもんじゃな。)といささかうんざりしながら、御簾の中で公卿達の様子を眺めていた。

蔵人が報告を終えた後、ほとんどの公卿は主上の方に視線を集中させたが、たった二人、関白と蔵人の岳父である権大納言が、名残惜しそうに蔵人の後姿をずっと目で追っていた。

主上は、その二人の様子を眺め―何かを思いついたようににやっと笑った。

(つづく)

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