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タイトル:『嵐の前』ニ 「元服」  2007/03/23


嵐の前 2

「元服」

 それは、春のうららかな日だった。高藤は、主上の口利きで大納言を加冠役として元服し、その中君を北の方として迎えた。また、それと同時に主上の元へ自由に出入りできる六位蔵人に任命された。

元服しても高藤の花の様な美しさは衰えず、義父大納言や義理の兄弟である少将は高藤の顔を物欲しそうに見つめていた。

北の方は黒い目のくりっとした可愛らしい女人で、自分の夫が家柄は低くてもとびきりのいい男だと言う事に有頂天になっていた。

高藤は北の方で初めて女の体を知った。

今まで貪られるだけの性生活を送っていた高藤は、初めて自分に無条件にしがみついてくる柔らかい体と、丸い乳房や、熱く自分のモノを誘う肉襞をほぐす事に、玩具に夢中になる子供のように没頭していた。

自分が今までされていた事を北の方にすると、彼女はうめき声をあげ、体を桃色にそめ、秘所から蜜をたらす。高藤は、(女性は美しい・・)と思った。

それに、北の方は自分に歌を教えてくれた。

高藤の稚児時代は、自分に学問や風雅の道を教えてくれる僧はいなかった。自分達の目を楽しませるためと、祭礼の時に必要なため、舞だけは教えてもらったが、経文の読み書きをする前に寺から出されてしまったので、漢字もろくに読めなかった。

突然、主上の御寵愛を受ける身になってから、高藤は最高級の貴族と比べて自分の教養のなさを自覚し、激しく劣等感を感じていた。だから、北の方が少しずつ「古今集」から歌の手ほどきをしてくれる、と言われた時、高藤は本当に嬉しいと思った。

 

 

如月の中旬、高藤は主上の御座所に呼ばれた。主上は公務が一段落ついてから来られるとの事だったので、高藤は庭に咲いている桜の花が風にあおられ、散る様子をぼんやりと眺めていた。

風に吹かれた高藤の鬢のほつれ毛が頬にかかり、水から上がった妖精の様な得も言われない風情を醸し出していた。

高藤の華奢でありながら厚みがある唇がふと動いた。

「ひさかたの光のどけき春の日に・・」

「しづこころなく花の散るらむ・・友則か?」

高藤が後ろを振り向くと、桜かさねのお引き直衣姿の主上が微笑んでこちらを見ていた。ほんのりと桜色に染まった装束が頬の色と照り映えて、帝の若々しさを際立たせていた。

「主上・・」

高藤は姿勢を正し、頭を下げようとした。

「よい、そのままで。・・」

主上は檜扇を半分たたんだままで、手を前に伸ばし、高藤を制止した。

「北の方を、いつくしんでおるか?」

「はっ。」

「そうか・・。」

主上は寂しそうに散り急ぐ桜の花を見、扇を口にあてながらつぶやいた。

 

「本当は、そなたを元服などさせたくはなかった。今までのように、ずっとまろの側に置いておきたかった。」

「そなたの顔を見ると、政務で疲れた心も癒される。そなたに微笑みかけられると、幸福な気分になる。」

「自分で選んでおきながら、そなたの心の中に違う人間の影があると耐えられぬ。」

下を向いていた高藤の頬が紅潮した。この一瞬で、主上から与えられた全ての愛撫と優しい言葉が高藤の体を駆け巡り、じっとりと汗ばんできた。

「主上っ・・!」

高藤は目を張り裂けそうに見開いて、主上の瞳を凝視した。

「違います!!・・まろが本当にお慕いしているのは・・」

主上は嬉しげな目で高藤を見た。高藤は手を帝の元に伸ばし、帝はその腕をしっかり掴んだ。

 

 

 

高藤は御帳台の中で横たわり、燭台の明かりをぼんやり眺めていた。

主上はその目を唇で隠した。

「何を・・考えている?」

「いえ。何も。」

「北の方に寂しい思いをさせたと悔いておるのだろう。・・許さぬ。許さぬぞ!」

主上は激しく高藤の体を抱きしめ、口付けた。高藤は「うっ・・」と苦しそうな声を上げた。

 

 

 

それから主上は高藤に毎晩のように宿直を命じ、交わりを続けた。

高藤は女体に慣れてくるに従って、急速に北の方への興味が冷めてきて、主上のお召しがない夜は、自分に言い寄ってくる女房達と手当たり次第に寝るようになった。付き合ってみると宮中の女房は場慣れしているせいか、北の方と比べると遥かに刺激的な会話が楽しめた。教養がない事の劣等感は相変わらずだったが、主上の自分へのご寵愛に狎れきっていた高藤は、ろくに教養を積む努力をしないまま、主上と女房達との愛欲の生活を送っていた。

 

そんな生活を送りながら漫然と三年が過ぎた。

しかし、主上が父院の元に行幸してから突然、主上からの宿直の命令が途切れた。それから主上の態度が急におかしくなった。

時々高藤を召して、狂ったように溺れては、まるで自分をあざ笑うかの様に他の女を召す・・その繰り返しが半年ほど続いていた。高藤は、主上への愛情を持ち続ける事に耐えられなくなりつつあった。

愛すればすぐに裏切られる。なら初めから慕わしい気持ちを持たない方が後で辛い思いをしなくてよい。主上も今までの男達と同様にまろの心ではなく顔を愛でたいだけに過ぎないのだ。ならこちらもそれ相応の態度で対するまで。・・とは思うものの、実際に主上とお逢いすると主上の自分に対する愛情に希望を持ってしまう。この半年間、高藤は悶々とその気持ちをもて余していた。

(つづく)
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