黒木メイサが世界遺産の「九寨溝と黄龍」で撮影したANA(全日空)のCMを見て、その青い山と碧の水、黄と緑が重なり合う美しさに心をひかれて、私が先週パンダのふるさとへと旅立った。
関連サイトは全部調べ、現地の天候の変化も把握して、準備万端で旅に臨んだ。ところが、思いがけないトラブルが起こった。同行の70歳近い日本の老婦人がひどい高山病の症状で突然倒れ、空港の救護室で酸素吸入と点滴を受ける事態になってしまったのだ。
すべてが落ち着いたのは午後3時で、行程を乱さないために我々は、観光客が下山を始めた頃に、雨をついて海抜3800メートルの高さまで登る黄龍登山道を歩き始めた。
初めのうちは水の流れも細く、松風と鳥の声に包まれていたが、次第に周囲に霧が立ち込め始め、空の色も暗くなって、チベット服の男女の作業員たちが暗くなる前に下山しようとして通り過ぎるのとすれ違った。山小屋はすでに閉まっており、でこぼこした山道には人影もなかった。
あたりがぼんやりとして、夜のとばりが下りてくる。山風が寂しく吹き、木々の影が重なり合い、歩くにつれて暗闇が目の前で静かに開き、背後で素早く閉じる。濃霧なのか瘴気なのかも判然とせず、骨にしみるほど冷たい雨が顔に注ぐ。滑りやすい道によろよろと足を進め、空腹でますます体の動きが鈍くなる。暗闇の中を永遠に歩き続けるような恐ろしさを感じ、絶望的な気持ちに襲われたのは初めてのことだった。
下山する時、後ろから携帯酸素ボンベを使う息づかいが聞こえてきた。それは栃木県から来た老婦人で、うっかり足を滑らせて右ひじに怪我をしたにも関わらず、小さなペンライトを持って暗闇の中を元気に歩いているのだ。彼女の息づかいを聞いて、突然勇気が湧いてくるのを覚えた。助け合ったり支えあったりしながら、2時間近くの苦しい山歩きが終わり、とうとう遥か先に観光バスの微かなヘッドライトが見えてきた。
翌日は遠くまで晴れ渡る天気で、空も水も澄み切っていた。我々は九寨溝の神話のような世界を逍遥した。陽光によって絶え間なく表情を変える翡翠のような緑の水、壮大に水しぶきを上げる中国で最も幅の広い滝……、テレビCMで見たのよりずっとずっとすばらしく、比類のない美しさに、陶然として去りがたい気持ちにさせられた。
栃木の老婦人は体調のために車内に残ったので、同行することはできなかったが、昨夜彼女が気持ちをこめて語った言葉は私の耳にまだ響いていた。「夜と昼の違いは紙一重です。どんな暗闇であっても、いつか明るくなる時が来る。だから、暗闇を恐れることはない。恐ろしいのは、我々の心の中にある暗闇に対する恐怖なのです……。」 |