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[芸術の価値]“形象不可能なるものの形象への降臨、受胎告知図”からの反照 (追記) 2006.5.30 *「コメント&レス」の部分に下記内容が追記されました。 ・・・・・ #イオン 『Toxandoria様 前回はどうも「釈迦の耳に説法」的なコメントで失礼しました。 さて今回のrenshi様のコメントに付け加えるとすれば、マリアへの受胎告知は イスラームの聖典クルアーン(コーラン)でも記載されています。クルアーン の第19章は「マルヤム(マリア)の章」と題されています。「聖霊」がやっ てきてマリアに受胎を告げ、イエスを出産し、イエスが預言者であると宣言す るまでの物語は同章第16節から第34節を御覧下さい。 またrenshi様の言われる「イデア界のメディア界化」とは難解で今ひとつ理解 出来ないのですが、私なりに一言加えさせて頂きます。受胎告知をする天使ガ ブリエルはイスラーム哲学のイブン・スィーナー(アヴィセンナ)などでは知 性世界を形成する十の知性体のうちの最下位の存在に結びつけられることがあ ります。 またこの第十の知性体はアリストテレス主義の伝統の知性論でいう人間の知性 を現実化する能動知性と結びつけられますし、またイブン・スィーナーによれ ばこの知性体=天使がこの月下世界=地上世界の造物主となります。つまり知 性世界(=イデア界、叡智界)の中でも地上世界に関わりの極めて深い存在と なります。(以上H. Davidson, ”Alfarabi, Avicenna, and Averroes on Inte llect” (New York/Oxford: Oxford UP, 1992), H. Corbin, ”Avicenna and V isionary Recitals,” tr. W. trask (Princeton: Bollingen Foundation, 196 0)など参照)。 この天使が地上世界のマリアに現れて受胎告知するのですから、イブン・スィ ーナ−などの表象を借りれば、マリアのいる風景を一瞬だけでも叡智界=知性 世界化すること、と言えないこともないでしょう。それを絵画化や物語の中で 表彰することを、叡智界=知性世界がメディア化する、という意味に私なりに 解釈しております。どうも失礼しました。 Toxandoria様、いつもながら思索へと人を強く促す論考を有り難うございまし た。またrenshi様にも興味深いコメントで思索させて頂きましたこと御礼申し 上げます。』 # イオン 『申し訳ありません。 文章が乱れていますので、訂正致します。 クルアーン第19章「マルヤムの章」についてですが、「「聖霊」がやってき てマリアに受胎を告げ、イエスを出産し、イエスが預言者であると宣言するま での物語」を 「聖霊」がやってきてマリアに受胎を告げ、マリアがイエスを出産し、イエス が自分が預言者であると宣言するまでの物語」と訂正致します。失礼しまし た。』 # toxandoria 『イオンさま、コメントありがとうございます。 こちらこそ、駄文をお読みいただくことになり申し訳ないと思っております。 「マリアのいる風景を“一瞬だけでも”叡智界=知性世界化する」ということ からすると、“形象不可能なるものの形象への降臨”、つまり「受胎告知図」 の真理を理解することがなかなか困難であることが分かるような気がします。 それから、renshiさまも触れていますが、ブッシュ大統領のような世界の覇権 を握る王的な存在(つまり、謙虚さに欠けたプロテスタントのマッチョな王) が聖母(マリア)の真理を理解(信仰)できないことが現代世界を“現象リア リズム傾斜”の方向へ向かわせているような気がします。 つまり、これが“悪魔の思う壺”(=冷戦後にカルト的なエセ思想である新自 由主義の奔流が生まれたことの悲劇的な意味)なのかも知れませんね。 このような観点から見ると、例えば、EUが市場競争の原理を受け入れつつもア メリカとは異なり社会的連帯、公正、平等など人間の尊厳を守る方向をギリギ リの線で模索していることは非常に重要だと思われてきます。 因みに、マリアを意味するヘブライ語のミリアムには「平和の子」という意味 があるそうです(http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0359.html)が、こ れにも宜なるかなの感がしております。 今後とも、よろしくご教示をお願いします。』 |