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[芸術の価値]『ダヴィンチ・コードの謎?』のもう一つの意味 2006.5.24 【画像】プッサン『アルカディアの羊飼いたち』Nicolas Poussin(1593-166 5)「The Shepherds of Arcadia」1638 935×665cm Oil on canvas Louvres P aris 、France・・・お手数ですが、この画像は下記URL(★)をクリックして ご覧ください。 ★http://www.abcgallery.com/P/poussin/poussin42.html <注>この内容は、2004-07-26付のブログ記事「ベスのひとりごと(New Ser.)/ アカデミズム絵画に潜む神と悪魔」(http://blog.goo.ne.jp/remb/e/7bef0d22 976b3df3c2e8a65ae4406bc5)の記事をリメイクしてリヴァイバルしたもので す。 今、映画『ダヴィンチ・コード』(http://www.sonypictures.jp/movies/thed avincicode/)の上映が、世界の一部でのことですが、ヴァチカンとカソリック 教徒を巻き込む形で物議を醸しており、その話題性に引きづられて鑑賞者数が 増加しているようです。このことで思い出されるのは、かつてハンガリーの映 画理論家ベラ・バラージュ(Bela Balazs/1884-1949)が名著『視覚的人間』 で論じた、“魔術的”とさえ言える「人間の相貌をクローズアップすることが 鑑賞者に与える大きな効果」(=観想の美学)のことです。これは見方次第の ことですが、カソリックは視覚イメージ傾斜、プロテスタントは内面表象傾斜 の違いがあるもののキリスト教はイメージ表象に大きく頼ってきた宗教だと思 われます。そして、アウグスティヌスとトマス・アクイナスによって正統的に 理論化された「正戦論」(=“悪魔”との戦いを正統化する聖戦論)が米国ブ ッシュ大統領の「テロとの戦い」で現代世界に甦り、それが我われ日本の社会 でも、小泉首相が「靖国神社参拝」で“悪魔”(=軍事国体論)を甦らせたこ とと呼応しながら「暗鬱な黒い影」(改憲、愛国心、共謀罪など右傾化と軍備 強化の要請=悪魔の囁き)を落とし続けていることは周知のとおりです。“観 想の美学”の人心(視覚的人間)に対する影響力の大きさは、まことに恐るべ しです。『ダヴィンチ・コード』の反響の広がりについても、映画が持つ“観 想の美学”の意味を考えるべきなのかも知れません。 ところで、プッサン(Nicolas Poussin/1593-1665)、クロード・ロラン(C laudo Lorain/1600-1682)らの古典主義絵画が花開いた17世紀のフランス は、完成・明晰・秩序・中庸・調和・静謐を特色とする偉大なフランスの「絵 画アカデミズム」の伝統が創られた時代です。そして、この「絵画アカデミズ ム」の最高理念こそが古典主義絵画だったのです。美術史上の古典主義という 概念は、イタリア盛期ルネサンスから19世紀に至るまでのあいだヨーロッパ 美術の世界を圧倒的に支配してきた理念です。古典主義の理論の嚆矢は、著書 『芸術家列伝』(1550、2版1568)で古代芸術を高く評価したヴァザーリ(Geo rgio Vasari/1511-1574/イタリアの建築家・画家・美術史家)に始まり、17 世紀のフランスではデュフレノア(C. A. Dufresnoy/1611-1668)らが古典主義 の美学の理論を確立しました。20世紀初頭には、ヴェルフリン(Heinrichi Woelfflin/1864-1945/スイスの美術史家)が著書『美術史の基礎概念』(191 5)で古典主義とバロックの特色を明快に分析しました。更に、フランスの美術 史家フォション(Henri Focillon/1881-1943)は、このヴェルフリンの理論を 発展させて美術史の発展段階を大きな生命体の流れのように捉えることを試み ますが、そこで初めて「アルカイック様式→古典主義様式→バロック様式」と いう美術様式の流れの必然性が確認されました。これによって、古典主義とい うアカデミックな概念があらゆる美術の領域に適用されるようになったので す。 <参考>ヴェルフリンによる「古典主義とバロックの特質」の対比(バロック は( )内)・・・線的(絵画的)、平面的(空間的)、閉鎖形式(開放形式)、 多様性(統一性)、絶対明瞭(相対明瞭) 古典主義絵画の最初の作品とされるのはレオナルド・ダ・ヴィンチが15世 紀末に完成させた『最後の晩餐』(http://www1.odn.ne.jp/rembrandt200306/n ikki8.htmの画像、参照)です。万能の天才、レオナルド・ダ・ヴィンチは、こ の作品を描くにあたり一つの実験、つまりゆっくり時間をかけて熟慮しながら 描くために油性テンペラで描くことを試みたのです。しかし、それは保存上の 深刻な問題をもたらし、完成後間もなくして絵の破損が始まります。このた め、この絵画は20世紀末には瀕死の状態でしたが、20年以上の時間をかけ て漸く近年に修復が完了したばかりです。従来、このテーマが描かれるときに は、キリストを売り渡したユダだけを食卓の前方に据えるのが普通でしたが、 レオナルドはこの伝統的な図像配置も無視してユダの席を他の使徒たちと同列 (画面左から4番目)に置きました。レオナルドは、この他にも12使徒それ ぞれの鋭い心理描写を見せる巧みな人体表現と完璧な空間構成によって、まさ に記念碑的な古典主義絵画を完成させていたのです。同じころにミケランジェ ロがサン・ピエトロ大聖堂のために制作した『ピエタ』像(ca.1497-1500)も 彫刻の分野で古典主義を代表する作品です。 また、教皇ユリウス2世の命でミケランジェロが手がけた『システィナ礼拝 堂・天井画』(1508-1512)とラファエロがヴァチカン宮殿署名の間に描いた 『アテネの学堂』(1509-1510)も美術史の上で重要な古典主義絵画です。1520 年にラファエロが死んだころから、イタリア・ルネサンス美術は次第にマニエ リスムへ変質し始めます。しかし、イタリアの盛期ルネサンスに確立したレオ ナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロらの古典主義絵画の権威 は、17世紀のフランスへ舞台を移して、その後も芸術の至高のアカデミズム 規範として生き続けることになるのです。17世紀フランス絵画で特に重要な 画家はラトウール(Georges de la Tour/1593-1652)、ル・ナン兄弟(Antoin e、Louis、Matheur)そしてプッサンとクロード・ロランです。彼らによって、 明晰でありながらも深い精神性・静謐・調和を湛えた17世紀フランスの古典 主義らしい絵画様式が出来上がって行くのです。 やがて、古典古代への憧憬と明晰で厳しい構成が調和した古典主義の傑作、 『アルカディアの羊飼いたち』(ca1639/http://www1.odn.ne.jp/rembrandt200 306/nikki8.htmの画像、参照)をプッサンが完成させます。プッサンは、この 作品によって事実上「フランスのアカデミズム絵画」と「歴史的風景」(paysa ge historique)と呼ばれる古典主義絵画の様式を完成させたのです。このよ うに“偉大なプッサン”の影響のもとで、ル・ブラン(Chalres Le Brun/161 9-1690/ルイ14世の主席宮廷画家)は、コルベール(Jean-Baptiste Colber t/1619-1683/ルイ14世の蔵相)が創設した『フランス絵画アカデミー』とベ ルサイユ宮殿(ルイ13世の別荘をルイ14世が拡充・改築)を舞台とする古 典主義美術を発展させることになります。 プッサンの『アルカディアの羊飼いたち』で、中央に描かれている墓石には 「ET IN ARCADEA EGO」というラテン語が彫られていますが、このラテン語 の意訳には“墓の主の生前は幸せだった”と“アルカディア(古代ギリシアの 理想郷)にも死はある”の二説があり、後者の場合は何やら不気味です。一説 では、プッサンの哲学的な画風の根本にはストア哲学の理念が存在するとされ ています。ストア哲学は、BC3世紀にキプロスのゼノンが創始したギリシア哲 学の一派で、人間生活の一切に正しく対処することを厳しく求める哲学です。 ストア哲学は、グノーシス主義とカタリ派の中に深く浸透したと考えられてい ます。いずれにせよ、プッサンの『アルカディアの羊飼いたち』の主題には謎 が多いのですが、メメント・モリ(memento mori/死を忘れるな)という哲学 (倫理学)の概念が敷衍されているということは定説です。グノーシス主義と はキリスト教の誕生・発展とほぼ同じ時期に地中海周辺で興ったアンチ・キリ ストの宗教思想ですが、その全容は現在も未解明です。しかし、1945年に上エ ジプトのナイル河畔、Nag Hamadyで発見された「ナグ・ハマディ文書」(カイ ロ、エジプト博物館所蔵)の研究によって、物理学のエントロピーに似た概念 を使った正反合の発展的宇宙(世界)観があることなどが分かりつつありま す。 カタリ派はアルビジョワ派とも呼ばれましたが、ミディ・ピレネー地方(都 市アルビなど)、ラングドック・ルション地方(都市カルカソンヌなど)を拠 点に南フランスと北・中部イタリアに確固とした地盤を築きます。この異端を 駆逐するためにローマ教会はアルビジョワ十字軍を派遣(13世紀)して彼ら を殲滅し、悪名高い異端審問制度を創設したのです。なお、教皇インノケンテ ィウス3世の呼びかけで北フランスの諸侯と騎士が中心となり結成された、こ のアルビジョワ十字軍の派遣が北フランスを主軸とする統一国家フランスが形 成される最初の動因だとされています。カタリ派信仰の特徴は次のような点に あります。その、あまりにも極端に悲観的な宗教思想であるカタリ派に実際に 入信する者の数は少なかったと思われるのですが、彼らの指導を精神的な支え として団結する人々が増え続けたためローマ教会は無視することができなくな ったのです。今でもローマ教会内部では、カタリ派は異教か異端かの論議が続 けられています。 ●根本は、世界の一切が善神と悪神に属するとする二元論で絶対派と温和派の 二派がある ●絶対派は霊魂の輪廻転生を信じており、二神二世界の永遠の並存を想定する (ゾロアスター的?) ●温和派は、善神の一天使(堕天使?orキリスト?)が反逆して悪神となり、 この世界を創ったと考える(グノーシス的?) ●その時のローマ教会を悪魔(悪神)の教会として批判し、肉食・殺生・セッ クス・所有権など一切の社会関係を否定する なお、キリスト教・新約聖書の一字一句を原理的・理想的に解釈し、それを 現実の世界(実生活)での出来事であったと理解する立場という点で、中世の 一時期、南フランスを中心に興ったキリスト教異端運動である、このようなカ タリ派の人々の考え方はブッシュ政権の米国一国主義を支えているアメリカの キリスト教・プロテスタント右派の立場に酷似しています。ただ、同じ原理主 義でも、14世紀のペスト大流行を契機に強烈に意識されるようになったとさ れる“メメント・モリ/死を忘れるな)”の人間に対する永遠の教訓をどのよう に理解するかで、現実世界への対処の仕方が変わります。カトリック福音主 義、プロテスタント敬虔主義などの中庸なキリスト教信仰の立場によれば、人 間の肉体の死には、最後の審判の神の裁きによる天国での霊魂の「復活」とい う救済の道が用意されています。しかし、科学技術と経済の発展がもたらす世 俗的な利益、つまり際限のない政治的な権力欲、肉体的な快楽欲、飽食と物 欲、金銭欲などに取り憑かれた人間にとって「肉体の死」は忌まわしく、おぞ ましい恐怖の対象となります。果たして、カタリ派の真実はどちらだったので しょうか? 近年、ここで取り上げた古典主義の記念碑的な二つの絵画、つまり『最後の 晩餐』と『アルカディアの羊飼いたち』をめぐるミステリー小説(謎解き本) が出版されて話題を呼んでいます。『最後の晩餐』を取り上げたのがダン・ブ ラウン著『ダ・ヴィンチ・コード』(2004年/角川書店)で、荒俣宏著『レック ス・ムンディ』(1997年/集英社)は『アルカディアの羊飼いたち』の謎がテー マです。いずれも図像解釈の問題が切り口ですが、詳細に語ると営業妨害の恐 れがあるので、ほんの触りだけを述べておきます。まず、『最後の晩餐』で描 かれている人物像の位置を確認すると、画面左端からバルトロマイ、小ヤコ ブ、アンデレ、ユダ、ペテロ、ヨハネ(洗礼者でないヨハネ)と並び、更に中 央のキリストの右へトマス、大ヤコブ、ピリポ、マタイ、タダイ、シモンの順 で12使徒が並んでいます。『ダ・ヴィンチ・コード』は、この12使徒の並 び方の中にレオナルドが秘密のコードを仕込んだということになっており、そ れは図像解釈上の決定的な意味を暗示するのです。一方、『レックス・ムンデ ィ』(「世界の王」の意味)では、プッサンの『アルカディアの羊飼いたち』 の風景が実在するものであることを検証します。そして、その風景は南フラン ス・ラングドック・ルション地方の寒村、レンヌ・ル・シャトーであり、この 村には“マグダラのマリア”とキリストが共に移り住んだという伝承があるこ とを明らかにし、更に、メロビング王朝(フランク王国)の血筋(サング・レ アル/聖杯の意味もある)のミステリーが解明されることになります。 この両著書に共通しているのは、キリストの本性には元々善と悪の二面性が 共存していたという二元論を布石としていることであり、恐らく、これはグノ ーシス主義とカタリ派の思想からヒントを得たものだと思われます。もとよ り、これらの作品はフィクションなので、それをどう読み取るかは読者の想像 力に任されます。一方、これらのフィクションは現代の世界にも大きな警告を 与えています。まず、グノーシス主義やカタリ派の二元論は、何ごとについて も“批判精神の存在”が重要であることを示唆しているのだと考えることがで きます。しかし、このような二元論を受け入れるためには、実は非常に大きな 勇気が必要となるのです。逆に言えば、臆病な人間の心理こそが「宗教原理主 義」に嵌る人々を蔓延らせる原因なのです。善なる神と邪悪なる神の並存とい う現実を率直に認めること、そして善は悪に転化し、悪が善に転化することさ えあり得るという現実(リアリティ)を認めること、このような視点でこそ本 物の批判精神と言えるのではないでしょうか。しかし、臆病な人間の心は、こ のように果てしなく揺れ続ける現実に怖れを抱きます。大いに怖れた人間の心 は善なる神の救いを求めるあまり、果てしなく揺れ動く現実を凝視し続ける努 力を拒みます。つまり、批判する精神を喪失することになるのです。そして、 その先で口を空けて待つものこそが観念と現実を混同した「宗教原理主義」と いう悪魔です。従って、このような意味での悪魔は確かに実在するといえるの ではないでしょうか。 史上20回目の公会議と21回目の公会議が、それぞれ19世紀と20世紀 の後半にローマのサン・ピエトロ大聖堂で開催されており、前者は「第一バチ カン公会議」(1869-1870)、後者は「第二バチカン公会議」(1962-1965)と 呼ばれています。「第二バチカン公会議」を主催したパウルス6世は、会議の 主要目的として?「ローマ教会の自己理解の深化」と?「キリスト教諸会派と の十分な対話」などを掲げましたが、驚くべきことに、この時パウルス6世は 「悪魔の発生源の一つは堕天使ルシファー(lucifer)の人格表現である」こと を同会議が確認したと宣言しています。また、アメリカの「民主主義は神から の贈り物」だと原理的に信ずるブッシュ大統領は、国連を無視し米国一国主義 を押し通して大義のないイラク戦争を始めてしまいました。「神の託宣」で戦 争を始めた、今のアメリカの政治は大統領が神の代理人として世界を支配する 「神権政治」そのものです。もはや、政教分離の原則などは霞のように消え去 っています。そのような聖戦に“事実上参戦した”日本では、今や本物の軍隊 と軍需産業を創造するために破格の予算措置が講じられ、新たな“富国強兵” の国づくりが始まっています。どこか歯車の回転が狂っています。 「愛国心」だ「共謀罪」だと政府・与党が右ネジを強く巻き続けているた め、我われの「精神環境の自由」は、ますます居心地の悪さ(暗鬱な黒い影) を感じています。一方、イラク・サマーワの“弱々しい自衛隊の映像”(視覚 イメージ)が、素朴な一般国民の心の中に“日本はもっと強い本物の軍隊を持 つべきだ”という軍事国体論(甘美な愛国心の衣装を纏った不気味な悪魔の囁 き)へのノスタルジーを吹き込んでいます。そして、大方のマスメディアは、 もはや政府と癒着した大政翼賛型の報道姿勢に甘んじており、「共謀罪」を批 判したマスメディアは与党に恫喝される体たらくです(http://d.hatena.ne.j p/toxandoria/20060522)。我われはブッシュ大統領とその盟友・小泉首相へ託 宣を下した神の本性が堕天使ルシファー(≒悪魔、http://www.angel-sphere.c om/fallenAngels/list/Lucifer.htm)でないことを願うばかりとなっていま す。 |