人が基本(中国)何祟元
日本人は細やかで、仕事も分刻みでやるし、人に対しても物事に対しても整然と秩序だった姿勢を尊ぶと昔から聞いていたが、筆者はそれを単なる噂だと考え、現実の生活ではなかなかそうはいかないだろうと思っていた。しかし、今回日本に行ってみて、目からウロコの思いがした。
我々一行は札幌から帯広に行く列車に乗っていた。ごく普通の列車だったが座席は飛行機のような設計だった。乗客はみな同じ方向に向かって坐り、座席の後ろには小テーブルがあって、乗客が向かい合って食事をする不便さが避けられる。椅子の背もたれ上部の白い布は清潔で、アイロンがしっかりかかっていた。車両のドアは自動で、そばに行くとすっと開く。一箇所だけタッチ式のドアがあったが、そこには手のひらの絵がついていて、通る人がその「手のひら」に軽く触れるとドアが自動的に開くのだ。
日本では公共の場所のドアは基本的に自動である。病院のトイレのドアも、タクシーのドアも自動だ。タクシーに乗るとき、乗客がドアを開け閉めする必要はない。乗るときには運転手が操作してドアが開き、降りた後もドアは自動的に閉まる。乗客はドアを閉める面倒がない。
日本は大抵どこもかしこも清潔で、「塵一つない」という表現がぴったりしている。街や公園の椅子にはほこりがたまっていないから、みな気にせず坐れる。店の商品も棚に整然と並べられており、床はぴかぴかに磨いてある。地域によるかも知れないが、誰も痰を吐いたり、ごみをポイ捨てしたりする人はいない。町にはごみ箱すらあまり見かけない。
北海道の農村を見学したが、田畑には農薬の瓶や肥料の袋は見当たらず、目に映るのは黒々とした肥沃な土地と金色に輝く大豆と緑の甜菜だけだった。線路の両側にはビニール袋も弁当のからもなく、紙くずすら見られなかった。
山梨県のリニアモーターカー実験センターは山の斜面にある。センターのステンレスの手すりはよく磨かれ、自動販売機の周囲は清潔だった。筆者はそこで働いている人に、どうしてこんなに清潔なのかと聞いてみた。「毎月一回清掃会社に掃除をしてもらい、普段は毎日自分たちで掃除をしています。」とのことだった。彼らはこのような環境に慣れており、清潔でないことには慣れていないのである。
これらのことは一つのテーマを語っている。それは「人が基本」ということだ。日本のいかなる設計も、人々の生活の便、生活の環境、生活の質から考えられており、社会全体がそのために努力しているのだ。このような精神は、我々が学ぶ価値を持っている。
|