お待たせ致しました。
今月号のリーフノベルです。

リーフノベルとは、全て1600字の中に収まるように作られた
短編読み切り小説です。
幽鬼、深層心理、アイロニーの世界にあなたを誘います。
それでは、どうぞ今月のリーフノベルをお楽しみください。

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   またサイトでは、作品の投稿もお待ちしております。
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     ○●作者紹介●○
    名前:高安義郎(たかやす よしろう)
    日本文芸家協会会員
    日本ペンクラブ会員
    日本現代詩人会会員
    日本詩人クラブ会員
    千葉県詩人クラブ顧問
    詩誌「玄」、詩誌「White Letter」主宰
    リーフノベルを「千葉日報新聞」(隔週の日曜版)に10年間連載
 リーフノベル
〜超短編読み切り小説〜
    VOL75

  三月の末、うららかな日が数日続いたが、それでも時折吹く風は冷たかった。

  この家ともあと数日でお別れだと思うと、弥生はふと寂しさを感じた。幼児の

 頃二親を亡くし、物心がついた時には叔母の家に居たのだ。父の妹であるこの叔

 母は感情を表に出さない人で、自分の娘の前でもほとんど笑ったことがなかった。

 叔父はごく普通の人だが、家にいる時はほとんどパソコンの前にいる。

  叔母夫婦には娘が二人いたが、今では二人とも家を出ている。長女は五年前に、

 次女も姉の真似をして三年前に家を出た。次女が出て行くと決まった時「なんで

 子供たちは家に居たがらないの」不愉快そうに呟(つぶや)く叔母に「お前を母

 親の手本にしたくないのさ」叔父が不用意に言った言葉、しかしそれは常日頃思

 っていたことだったが、この言葉をきっかけに夫婦喧嘩が数ヶ月続いたことがあ

 った。

  弥生もこの三月に短大を卒業し、都内の会社に就職が決まった。その日はアパ

 ートを探しに行く日であった。

  弥生は黙ってパッチワークをしている伯母を斜めに見つめた。弥生には昔から

 ある癖があった。それは女性の大人を見ては、自分の母親を想像する癖だった。

 弥生には一枚の横顔の写真以外、母の記憶はなかったのだ。叔母を見つめ『私の

 お母さんは表情豊かな人であって欲しい』そう思った。思えばこれまでにも、小

 学校や中学校の先生に母の面影を探したものだったが、どの女性も自分が望む母

 親像ではなかった。確かに、弥生を継子(ままこ)扱いする者はいなかったし、先

生方も個々にはそれなりの魅力と優しさがあったが、自分がなりたい母親像では

なかった。『私どんな女性になり、どんな母親になれば良いか、手本がないから

わからない。手本を探しに、私も従姉妹達のように外に出よう』弥生は呟(つぶ

や)いた。

  昼食後、

 「じゃあ、アパート探しに行って来るね」弥生は声を掛けた。叔母は黙っていた。

 叔父は二階から下りてくると、

 「弥生、やっぱり探しに行くのか。あの会社くらいなら、この家からだって充分

 通えるだろ」また叔父は言った。叔父は就職が決まった時から同じことを繰り返

 していた。

 「うん、手本捜しだから」

 「手本?何の手本だ?」

 「え?ああ。違う、なんでもない」弥生は口ごもった。

  弥生がこれまで描いてきた母親像は、いつも子供に話しかけ、一緒に笑える母親

 だった。子供には損得や見栄で叱ったりせず、それでいて躾(しつけ)には大声で怒

 鳴れる母親。それが理想だった。思えば自分が短大に受かった時も就職が決まった

時も、叔母は『おめでとう』とは言ってくれたものの無表情だった。母親ならばど

 んな顔で喜んでくれたろう。自分が母親になった時、どんな顔で子供の幸いを喜ん

 でやれば良いのだろう。弥生は洗面所の鏡で作り笑いを工夫したものだった。

 「そうだ、忘れるところだった。弥生。あんたのお母さんの鏡、渡しておくよ」

 そう言うと叔母は奥の物置からダンボール箱を持ち出した。

 「なあに」聞くと、

 「弥生のお母さんの形見だよ」叔父が言った。

  箱から出すとそれは卓上型の小さな三面鏡だった。手にすると二枚の鏡が自然に

 開いた。何気なく覗(のぞ)くと、そこには一人の女性の横顔が映った。それは

 日記帳にはさ挟みこんでいた母の写真によく似ていた。

 「あっお母さんだ。写真そっくりの優しそうな顔」小声で叫んだ。それは初めて

 みる自分の横顔だった。

 『私が探していたのはこんな笑顔の人よ。そうか、私の中にお母さんがいたんだ』

 弥生はうれしくなった。外に手本を探さなくとも自分の中に思った母がいる。理

 想を持っておりさえすれば、見本がなくてもいいのかも知れない。弥生は一人納

 得した。そしてやおら言った。

 「おじちゃん。アタシ、アパート探すのをやめよかな」すると叔父は顔を上げ、

 「そうだよ。ここはお前の家だよ。なあ母さん」呼びかけられ叔母は、

 「弥生だけでも居ておくれよ」

  そう言うと娘にも見せたことのない涙を、硬い表情の頬に一筋流したのであった。