VOL73
 
今月号のリーフノベルです。

リーフノベルとは、全て1600字の中に収まるように作られた
短編読み切り小説です。
幽鬼、深層心理、アイロニーの世界にあなたを誘います。
それでは、どうぞ今月のリーフノベルをお楽しみください。

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     ○●作者紹介●○
    名前:高安義郎(たかやす よしろう)
    日本文芸家協会会員
    日本ペンクラブ会員
    日本現代詩人会会員
    日本詩人クラブ会員
    千葉県詩人クラブ顧問
    詩誌「玄」、詩誌「White Letter」主宰
    リーフノベルを「千葉日報新聞」(隔週の日曜版)に10年間連



      下総国と呼ばれていた昔から我が家はこの村にあった。その頃の先祖に与平と

     いう瓢箪作りの名人がいたという。その与平の瓢箪は知らない者がなく、畑の片

     すみに作った瓢箪の棚は毎年見事な実を下げた。初霜が下りる頃青い瓢箪を土に

     埋め、春になると掘り出し、竹べらで皮を削ぎ、腐った中身を繰り出しては見事

     な瓢箪を作ったらしい。

     「与平どんの瓢箪で飲む酒は、こてらんねえでよ」瓢箪欲しさに近隣の者たちは

     褒(ほ)めそやした。気のいい与平は人の喜ぶ顔にほだされ、仕上がった瓢箪を

     自慢気に配って歩いた。

     毎年何十個となく作り続け、すっかり“瓢箪与平”の名も定着した頃のある夏の

     ことだった。一人の旅の僧が宿を乞うて来たのだ。警女(ごぜ)や旅の僧を泊め

     るのはこの辺りの風習でもあり、特に修行僧をもてなすことは功徳になるとされ

     ていた。与平は旅の僧に自分の一番気にいった瓢箪を披露した。

     「ほっ、これは見事でございますなあ。どなたに手ほどきを受けられましたかな」

     思慮深げなその僧は瓢箪を手にして聞いた。


     「手ほどきなんてねえですよ。親びとがやってまして、それを見よう見まねで」

     なるほど、ではご親切を戴いたお礼と申しては何ですが、これを更にすばらしい

     物にする方法をひとつ拙僧にご伝授させて戴きましょうか」

     僧は取り出した懐紙に図を描き、夜の更けるまで何やら伝授した。

      与平の瓢箪作りはその日を境に大きく変わった。それまで家にあった瓢箪はこ

     とごとく叩き割った。何故そんなことをするのかと聞けば

     「初めから単なる入れ物にしかできないのなら仕方のないこと。しかし心を込め、

     仏の力を持って技を振るい、神器をも作れる素地があるのなら、そこまで高めよ

     うとしなければもったいないこと。特に心にかなった名器を作れば人の心を読み

     とれる道具にさえなる。一生かかって精進なされ」と、その僧は言ったという。

     それがどういう意味なのか実のところ与平にも分からなかった。

     それからの与平は百姓仕事を放り投げ、瓢箪作りばかりに明け暮れた。苗床を

     工夫し、瓢箪の実の繰り抜き道具をあれこれ考案し、時間を掛けて作っては潰

     (つぶ)し、潰しては新たに作った。

     「与平どんよ。オラの瓢箪はまだできねだかや。話じゃ最近作れなくなったって

     言うじゃねえか」

     村人たちはしだいに与平の瓢箪を忘れ始めた。

      それから間もない頃だった。同じ村の村はずれに新しい瓢箪名人が現れたのだ。

     その男の名を五作と言った。五作の瓢箪は一風変わった形をしており、与平が作

     らなくなったこともあり村中の人気はいつの間にか五作に集まっていた。五作は

     本百姓だった与平とは違い、一つ五十文の金を取った。小作人の五作はそれで何

     がしかの小銭を稼いだものだった。

      村中に五作の瓢箪が十分出回った頃である。与平にようやく自分の気にいった

     瓢箪がひとつできた。

     「これがオラの作りたかったほんまもんの瓢箪だで」そう言って来る人毎にそれ

     を見せた。だが誰一人、前の瓢箪とどこが違うのか分からなかった。

     「中を覗(のぞ)いてみいや。人間の欲望がよ、青い炎になって見えべえな。お

     釈迦様のお使いになってもおかしくねえ代物だで」

     与平の言葉に村人たちは中を覗くが、ただ首を傾げるばかりだった。

      我が家には与平の作と一言う瓢箪が一つ、納戸の隅の蜘蛛の巣の中にぶら下が

     っていた、その脇に使い古して黒光りする五作の作と思われる長細い瓢箪があっ

     た。祖父から聞いたこの話は本当なのか、あるいは祖父の作り話なのかは分から

     ない。私は納屋にあったこの二つの瓢卿を磨き、自分の書斎の左右の壁に今掛け

     てある。どちらの瓢箪により高い価値があるのかは分からないが、ただ与平も五

     作も自分の瓢箪に満足していたらしいという話である。
                
                  

                           
(ひょうたん)
ニつの瓢箪