鉄山は知る人ぞ知る有名な陶芸家だが、生来欲がなく、わけても金銭的な感覚
の薄い人間で、自らを陶芸乞食と称していた。古い農家を貸してくれる人がり、そこ
を作業場にして既に二十年が過ぎるが、女房もいなければ弟子もいない。鉄山の
名声を聞きつけ教えを乞う者も何人かいたが
「乞食に弟子がいるなど聞いたことがない」と言って追い返した。
それでいて陶芸を趣味にする勤め人や主婦たちが集まり、てんでに好きなもの作り
に来るのを喜んだ。鉄山はカルチャー教室など開いている気など全くないが、集まっ
てくる十人程の自称“生徒”たちは勝手に月謝を集め月末に鉄山に渡した。鉄山の
作品を買うとなると小物でも二十万円は下らない名品ばかりだが、積極的に売ろう
とはしない鉄山は常に金がなかった。だから、月々にもらう月謝はありがたい施しだ
と思って受け取った。
鉄山は青森の十和田市に出土した卵型の朱採壼を例にだし「陶芸の原点は縄文
だ」とし、焼き物の中に縄文人の心を表現したいと願った。願いといえばもうひとつ遊
ぴに来る姪の里子に、自分の陶芸を理解してもらうことだった。
その里子が最近鉄山の窯場によく顔を出すようになった。
ある日曜である。鉄山は焼き上がった作品を窯出ししながら、作品のどこが気にい
らないのか敷石の上に叩きつけていた。
「叔父ちゃんまた割ってるの。何が気にいらんの?ことによったら割るのが快感と違
う?私が割っといてやるよ」
里子は冗談のつもりで言った。
「これは全部だめだ。割っていい」
そう言うと鉄山は不愉快そうに家の中に入ってしまった。ちょうどそこへ生徒の一人
でプレス工場の社長をしている椎名が現れ、里子が壼を高々と持ち上げた手を止め
「里ちゃん待つて、それ私に譲ってよ」と言った。
「叔父ちゃん、気にいらないらしいから」
椎名は躊躇(ためら)っている里子の手からもぎ取るように壼を取り上げ、
「今これしかないけど、取り敢えずこれだけ」
そう言うと一万円札を十枚程里子に渡すと、迷げるように車に乗って走り去った。里
子は鉄山の家で初めてみる大金に茫然としていた。すると、
「今、権名さんが携帯電話で教えてくれたんだけど、私にもどれかお願いしますよと、
何人もの生徒たちが家の奥にいる鉄山に気遣いながら、割られる運命にある焼き物
たちを物色した。銘々が一つずつ焼き物を手にすると、同じように十万円程を里子に渡
して帰って行った。手には五十万程の金が残った。里子は予想外の手柄を立てたよう
な気になり、鉄山のところに金を持って行き、生徒たちが買って行ったことを得意満面
で話したのだった。
その瞬間、鉄山の顔からは血の気が引き驚愕の色をあらわにした。里子はそれに
気付かず、「叔父ちゃん五十万円以上あるよ。叔父ちゃんすごいんだ」と、はしゃいだ。
鉄山は必死に冷静を保ちながら、黙って棚に並ぺられている小物の陶器を手に取り、
しげしげと眺めながらやがておもむろに言った。
「里子。大学卒秦までに車の免許を取りたいと言ってたね。よく手伝いに来てくれるん
でお礼にオジチャンが免許を取らせてやろう」
「えっ本当、でも陶芸家にはなんないよ」
「知ってるよ。その代わりさっき皆が置いていったお金を返して来ておくれ。持って行っ
た壷を返してもらうんだ」悲しそう顔だった。
「そしたら車のお金がなくなっちゃうジャン」
「だから、これを椎名さんに渡して来てくれ。前から欲しがっていたものだから。教習所
はそれで十分なはずだ」
手にしていた小物を木箱に納めると里子に渡した。
「自分の気にいらん物をどうして人にやれるものか。お前も学校に問違っているのを知
りながら論文を提出はしないだろ?」鉄山は呟いた。
「そりゃあそうだけど、でも適当なところで出しちゃうよ」里子の言葉に
「その適当なところが修行なんだ。それにそんな大金、乞食が馬を貰ったようで困るじ
ゃないか」
鉄山はそう言って高らかに笑った。