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―――――――――――――――――――――――――――――――――――― ■■■ 青い瓶の話 ■■■ ■■■ 圧縮。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――― 2004年3月8日号 No.62 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■特集「夜の魚」 ○「夜の魚」(yoru-no-uo) ○「青い瓶の話」vol.2499,2500 北澤 浩一 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●「夜の魚」一部 vol.34 二二 圧縮 ■ 私は自分の部屋に戻った。薄い埃の匂いがした。ベットの下のファックスが なにかを掃き出していた。 「今晩九時、本牧C突堤」 夜のうちに北沢が入れたのだろう。ご丁寧にゴシック体である。 おかしな予感があり階段を降りた。郵便受けの中を捜してみる。手でかき回す と、上の部分にガムテープが貼ってある。鍵とメモがあった。鍵はロッカーのも ののようだ。 メモの指示に従い、大手新聞社のパソコンネットにアクセスをする。私あてに メールが来ている。葉子からだ。日付は大晦日になっている。葉子が何故私のI Dを知っているのか不思議だった。いつぞや、メールで原稿を送っているのを記 憶していたのだろうか。メールは圧縮されていた。展開して読む。 暫くの間、誰かにつけられていることを葉子は自覚していた。北沢に拉致され るのも時間の問題だと思っていたようだ。 「言わなければならないことがあります」 それに続く内容はある意味で予感していたことでもあった。 CPPの武装組織、NPAと呼ばれる新人民軍に所属する特定の小集団が、国 際的なテロリスト集団のいくつかと連携し、日本に覚醒剤の密輸を行なっていた。 武器の調達資金獲得のためである。都市部において要人暗殺などのテロ行為に関 わってきた、「スパロー・ユニット(スズメ部隊)」と呼ばれる小部隊のひとつ が母胎となり、近年弱体化しているといわれる本部の指揮下を離れ、密かに独自 行動に移っているという。南米などにおいて、ゲリラの一部が、覚醒剤によって 豊富な資金を得ていることに倣うつもりらしい。 その覚醒剤のほとんどは中国とロシア製で、通称、「ブラック・スター」と呼 ばれる中国製トカレフの搬入はそれに付随した仕事にすぎない。国内での密売の 元締めは北沢とされた。背後には組織がある。彼は香港を拠点にいくつかのテロ リスト集団と連絡を取りながら活動を続けていた。 「わたしは北沢の女のひとりとして、その仕事を手伝っていました。その時のデ ーターをフロッピーに落として持ってきたのです」 追われる理由はそれだったのだ。 「始めて横浜に泊まった時、車を借りて朝比奈峠にゆきました。北沢と会ったの です。撃とうと思ったけれど、駄目だった」 私は煙草を何本も吸った。飴を嘗めている場合でもない。三本目で胃が痛くな った。胃の薬を捜し、台所の水でそれを飲んだ。古くなった鉄の味がする。 メールの最後に書いてある言葉が気になる。 五行程空白があり、「ありがとう」とある。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――― ●「夜の魚」一部 vol.35 二二 圧縮 2. ■ すぐに暗くなった。 私は指定された駅のロッカーから防磁ケースに入ったフロッピーを一枚持って 部屋に戻った。金属のロッカーに小さなケースがひとつだけという眺めは空虚で ある。拳銃があるかとも思ったが処分したのだろう。 機械に入れ中身をみようとする。ただの数字の羅列でしかない。 標準形式のデーターであることは確かだが、意味のあるものにするには、何等 かのプログラムを一度通す必要があるのだろう。複写する。同じものを二枚作っ た。一枚を封筒に入れ晃子宛とした。警察にも、と考えたが余計なことだと思い 直した。 それから押し入れを捜し、古い皮のジャンパーを取り出した。ナイロンのザッ クにいくつかのものを詰め、外に出た。 坂道を下り細い路地に入る。車の入らない舗装されていない一角があって、突 き当たりには二匹の石の狐が細い眼でこちらを向いている。鳥居の跡だ。 その横に廃屋があって、そこは何年か前地上げされたまま放置されている。そ の一階を私は借りていた。 南京錠の番号を廻し、引き戸を開けて中に入る。 シートを剥がし一台の単車を引き出した。 車検は切れているが、月に一度ここへきてエンジンに火を入れている。 六九年式のカワサキのW1Sを改造したものだ。通称ダブワンというバイクであ る。タンクを古いTシャツで磨いた。ヘルメットをハンドルに掛け、路地を押し てゆく。 既にして冬の夜になっている。コンクリの壁、オーバーパスになっているとこ ろまでゆくと、サイド・スタンドをかけキャブレターの脇についているティクラ ーを何度か押した。ガソリンがキャブの下にあるホースから流れ出す。冷えてい る時はオーバーフローさせねばかからないのだ。 流れるガソリンをみていると思い付くことがあった。すこし歩き、酒屋の脇に 積んであるビールの瓶を二本盗んだ。ザックに入れる。 キーを捻る。バッテリーは生きている。大振りのハンドル、スロットルの脇に ついているチョーク・レバーを一杯に引き、W1Sにまたがった。 左脚に重心をかけ、右足でキック・ペダルを探る。一、二度感触を確かめてか らピストンの位置を調節した。 右足に体重をかけ、一気に踏み降ろす。 マックス・ローチのドラムのような音がして、六五○CC直立二気筒エンジン に火が入った。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――― ●「夜の魚」一部 vol.36 二二 圧縮 3. ■ W1SはホンダのCBがでるまで国内最大の単車だった。 イギリスのBSAを手本にしたと言われるエンジンはOHVで、つまりカムシ ャフトがクランクのすぐ上にあり、プッシュ・ロッドを介してバルブを操作して いた。五三馬力、最高速度一八五キロであるという。 実際はそれ程でもなく、一六○で一時間も走れば必ずと言っていい程焼き付き をおこした。こいつも一度ピストンを焦がしている。その時にロッドを細いもの に替え、カムを削り直し、圧縮をあげてやった。バルブも磨く。 オイル・クーラーをつけ、貧弱なドラム・ブレーキはヤマハの古いレーサー、 TZのドラムを移植した。リアのショックは七十年代のカワサキの四気筒、ザッ パーと呼ばれた六五○のものがピタリと収まった。 どうした訳か、オイルはカストロールの相性が良く、五○○キロで交換してや ると、タコ・メーターの針は赤い部分を嬉しそうに揺れていた。 実測で二○○は出ただろう。首都高速の内廻りでBMWのK一○○とバトルし て負けはしなかった。 私はスロットを捻った。二本のキャプトン・マフラーから出る排気音は、ハー レーのそれよりもメリハリがあり、くぐもっている。 スロットの下にあるネジを捻り、開度を一定に保つ。流れたガソリンはすでに 蒸発していた。煙草を吸いながら、ザックをスプリングのシートに括り付け、ナ ンバーにガムテープを張った。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●「夜の魚」一部 vol.37 二三 突堤 ■ W1Sは右足がギアになっている。慣れないうちは誰しもが戸惑う。 私はメイン・スタンドを外していた。ただでさえバンクが浅く、思い切り倒す とアスファルトに触れすぐに火花が散った。 加速する。八○まで引っ張ってブレーキをかけた。 振れもせず、このままゆけるようだ。 天現寺の傍のスタンドで有鉛のガソリンを入れた。空気を確認し、ワイアーに CRCを吹き付ける。スタンドの若い者が遠巻きに眺めている。 タワーの前を曲がり、新橋の釣り具屋にいった。ジャケットとオイルライター をふたつ買う。その脇のペンキ屋でつや消しの黒いスプレーを求めた。 産業道路に廻り牛丼屋に入る。特盛を頼み、卵を入れ五分で食った。サービス の券を貰ったが隣にいた白人にやった。彼はなまりのある英語で礼を言う。英会 話学校の講師のようだ。 大井から高速に乗り横羽線に入った。多摩川を渡ってすぐのパーキングに一度 停め、黄色のジャケットに黒いスプレーを吹き掛けた。乾くのを待ち、皮のジャ ンパーの上に羽織ってジッパーをあげる。 橋の上から遠い東京がみえる。川向こうだ。いくつもの点滅する灯りがあり手 前には空港がある。風も強い。海は何処なのか、と思うのだが、入り組んでいて 定かではない。 人気のないことを確かめ、W1Sのティクラーを押し、ガソリンをビール瓶に 詰めた。ガムテープで蓋をする。ライターを縛り付けた。 メッキに黒のタンクは、これで相当軽くなった。 晃子に電話し、C突堤にゆくのだと言った。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――― ●「夜の魚」一部 vol.38 二三 突堤 2. ■ 生麦を過ぎた。製鉄所の煙突からガスの炎がでている。 車で通る時は気付かないが、はっきりと匂いがする。 車体の内側に躯を倒す形でコーナーを廻る。頬が引きつった。ガラスのゴーグル をしていても、風が直接当たるのだ。S三○のZが先を走っている。ワタナベのホ イルに太いタイアを履き、マフラーも太い。二八○○CCにはなっているだろう。 懐かしいL型だ。 加速して並んだ。一五○まで出した。横浜駅の上で奴はシフト・ダウンする。野 太い排気音を巻き散らし、トンネルに下ってゆく。 いけるじゃないか。 私はなんとなく納得をしていた。これが最後になるのだ。 橋の方角に曲がらず、スタジアムで降りた。 中華街の自動販売機で缶を買い、ふたくち飲んだ。 倉庫の脇を過ぎ、本牧の港に近づく。 数年前まで埠頭には自由に入ることができた。 鉄の柵ができ、その前には守衛がいて夜になると閉鎖されてしまう。 私はB突堤から眺める夜の港が好きだった。 コンテナの上によじ登り、別れた女のことを考えたこともある。 朝になると、エンジンの塊のようなトレーラーが集まる。奴等は直角のコーナー を僅かに逆ハンを切って曲がってくる。一万CCのディーゼルエンジンの加速は、 並みのセダンではかなわなかった。排気ブレーキを思い切り踏むと、女の背丈程あ るタイアから白い煙が出ていた。 朝になると小さなトラックが来ていて、トレーラーのドライバー相手に朝飯を売 っていた。その横に混ぜてもらいウドンをすすったこともある。 橋が出来る前だ。千葉から横浜が遠かった頃だ。 若い頃、私はただの馬鹿だった。 捨てきれないものが澱のように残っていて、それが何なのかよくわからない。W 1Sもそうだ。程度の良いものを見つけ、あり金を叩いて数年前に買った。十代の 頃乗っていたからなのだが、私の肩にはまだ金属が入っている。六ヶ月病室の白い 天井を眺めて過ごした。その後大学をやめた。 ゆっくりと単車を走らせる。短い排気音が響いている。C埠頭の重い鉄の柵は鍵 が外れていた。車が入れるだけの隙間がある。 一度止まり、ザックから瓶を取り出してジャケットのポケットに入れた。廻りを 見渡し、埠頭の中に入った。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 青瓶 2499 ウェイト・ティル・ユゥ・シー・ハー。 ■ このところ、NYの画像をまとめている。 前に作ったものが130余枚。新しくWebに載せているものが現在で270数枚。 都合、400枚ほどになるだろうか。 この後、縦位置が100枚近く。モノクロームに適した画像がいくばくか。 例えばキャッチ・コピーがついて別の作品になろうとするものが、その他にも ある。それは画像が仕上がってみないと分からない。 スキャニングは終っているものの、いまだ画像処理されていないデータが、今 と同じくらいの分量で残ってもいる。 ■ 二月に入って、ふとこの仕事を思いついた。 ふと、というのは正確ではなく、それなりの前奏があるからだが、いずれにし てもこの作業を終らせないと、もしかすると次へゆけないのではないかという切 り詰めた思いが群がりおこった。 ■ 必要なMTG以外に外に出ることはない。 窯に篭もっているかのように、空いた時間はだいたいこの作業に費やしていた。 寝癖と眼の下のクマがトモダチである。 それが正しいのかどうか。深夜、事務所の一角で、目の前にある黒い庭を眺め 降ろし、ショット・グラスで酒を嘗めている。 04_02_26 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――― 青瓶 2500 ウェイト・ティル・ユゥ・シー・ハー 2. ■ これらの画像とデザインは、B0サイズで作成している。 B0というと、ほぼ畳一枚分くらいだと考えていただければいいだろうか。 実物は相当に持て余す。 これをA4 350dpiに直し、更にWebで眺めるに適したサイズに修正してゆく。 メモリを2G積んであったとしても、ラスタライズには数十分という時間がかか る。保存用の媒体はダースで買って半分ほど使った。 ■ 煙草が切れたので、隣にあるホテルの地下へ買いにいった。 フロントの黒服が頭を下げるが、私は多分寝癖がついたままなのだろう。 ランチとしても高いので、滅多に食事をすることはない。 ■ 次、というのが何なのか自分でも予測はついていない。 撮影したのは99年。5年前の春から夏にかけてのことだった。 日数は二日と半分。 当時の女は姿をかえ、関わっていたひとたちもその立場を異にした。 私はと言えば、時折数本の白髪があるようで、廻りのものに指摘される。 僅かに震えるエレベータで、地下の車へと降りてゆく。 オイルを換えないと、この時期五分ばかりはザワついている。 04_02_26 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■「青い瓶の話」 2004年3月8日号 No.62 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――― □編集長:北澤 浩一:kitazawa@kitazawa-office.com □デスク:榊原 柚/平良 さつき/三浦 貴之 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――― 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