メルマガ:青い瓶の話
タイトル:「青い瓶の話」 No.57  2003/12/31


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 ■■■                  青い瓶の話
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 ■■■                                                 十二月を走る馬。
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                                                2003年12月31日号 No.57
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●「十二月」

○「セブンイレブン・チャーチ」・渡邉 裕之
○「黄色いビルの怪人」・山本 優子
○「ただの石」・榊原 柚

●「緑色の坂の道」vol.2505
  「緑色の坂の道」vol.2506

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●「セブンイレブン・チャーチ」・渡邉 裕之


 12月になると街では、きっとクリスマスの飾りが多く見えてくるんだろうな。
こんな時期、俺は「セブンイレブン・チャーチ」のことを思い出しちまうんだ。
教会の名前は、ほんとは聖インマヌなんとかという名がついていたけど、やっぱ
り俺には、その名前の方がいいね。ミーネエのことも思い出すから。

「青い珊瑚礁」という、コンクリートブロックにただ青いペンキを塗りたくった
ラブホテルをバイクで通りすぎて、中古車の店とか修理屋がつづくうすら寒い国
道をしばらく走っていくと、ミーネエがいってた教会が見えた。俺、笑っちゃっ
たよ。セブンイレブンそのまんまじゃねえか。

 普通なら立ち読みしている高校生のガキなんかが見えるガラスには、そうだ、
白いマジックでクリスマスツリーが描かれていた。中は中で、横の壁にあの冷凍
品なんかが入っているケースがそのまんま残っているし(中に聖書を何冊も積ん
でいた!)、奥の部屋に入るドアに付いた窓は銀色のマジックミラーになって
いて、向こう側には縞の服を着たかったるいアルバイトが休憩してそうだった。

 そんな部屋に椅子と十字架を置いて、ミーネエを入れた7,8人の人が祈ってる
……いや、叫んでいる(まあ、そのことについては後で)。この人たちが金を出
し合って、3回たて続けに強盗に入られて、やる気をすっかり失って夜逃げした
コンビニの店鋪を、居抜きというんだろうか、そのまんま借りて教会にしたって
ことなんだ。

 さて、その叫んでいるってことなんだけど、ミーネエのアパートの部屋で初め
てみた時は、百戦錬磨のこの俺もびっくりしたっけ。ミーネエの夫、黒人ネイ
ビーのキンケードが六畳の部屋の片隅で弾く電子オルガンに合わせ、賛美歌を
歌っていた女の人が急に泣き叫んで畳の上で転がりだしたんだからね。それに合
わせるかのようにミーネエも叫びだし、横にいたおばさんも何やらわからない言
葉をしゃべりだした。その人はヨコスカの焼き肉屋のおばさんだったから、お国
の言葉、チョーセン語でも思い出したのかと思ったら、それはどうも違って、ま
ったくわけのわからない言葉で、それに合わせてミーネエもやっぱり変な言葉で
語りだし……ふ〜驚いた。

 後からミーネエに説明してもらったのだけど、それは「異言(いげん)」とい
うんだそうだ。イエスの弟子たちがある家で一緒に集まっていると、こんなこと
が起きた。
「突然、激しい風が吹いてきたような音が天から起ってきて、一同がすわってい
た家いっぱいに響きわたった。また、舌のようなものが、炎のように分れて現れ、
ひとりびとりの上にとどまった。すると、一同は聖霊に満たされ、御霊が語らせ
るままに、いろいろの他国の言葉で語りだした」

「使徒列伝」より。ここには、届けてくれた聖書、あるんだよ。

 初めてあの教会に俺が行った日も、そんな状態だった。聖霊に満たされていた
のかね。ミーネエとその仲間は「バラボラ」とか「パタカパ」とかいって囁いた
り叫んだり、泣いたりしていた。こんなことを教会で思ったりしてはいけないの
だけど、その囁くような泣くような声は、ミーネエはこんな声を出してベッドで
ヨガるのだろうかと思わせるもので、そっと前を見れば、でかい図体で太い腕に
すごい入墨をしているキンケードが、やっぱりいつものように遠慮深そうに電子
オルガンを弾いているのだった。

 初めて異言というものをいってる人たちを見た時、人々は「あの人たちは新し
い酒で酔っているのだ」といったんだと。すると弟子の一人が「今は朝の九時で
あるから、この人たちは、あなたがたが思っているように、酒に酔っているので
はない」と語ったと、礼拝が終わった後のキムチやクッパ盛りだくさんの食事会
で、キンケードは真面目な顔をして片言の日本語で教えてくれたけど、俺は苦笑
いしたよ。朝9時でもいつでも飲み続けている俺にそんな話、すんなって。すぐに
奴も気づいたのか、「アーソーカー」とこまったような顔をして、ダイスとトカ
ゲが彫られている太い腕で、俺の皮ジャンの肩を抱いてきた。

「何、二人で愛しあってんのよ」と茶髪のミーネエが笑いながら声をかけてきて、
俺のリーゼントの前髪を掴み「今度、あたしの妹分を殴ったら承知しないからね。
どんな夜中だって、あたしは行くから」といった。
「さすが、居抜きの教会だぜ」
「そうよ、ここの名はセブンイレブン・チャーチっていうのよ」と鋭い目でいっ
たっけ。

 12月になると街では、きっとクリスマスの飾りが見えてくるんだろうな。こん
な時期だけ、俺はあの教会のことを思い出しちまうんだ。


渡邉 裕之:hiro-wa@qa2.so-net.ne.jp
ライター

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●「黄色いビルの怪人」・山本 優子


 後楽園の黄色いビルがまだ薄汚かった昭和の頃、父は週末になると必ず右手に
一馬、左手に幼い私の小さな手を握り締めて、このビルを訪れていた。饐えた臭
いと熱気とが充満するフロアには、若い女性やカップルの姿など皆無で、朝早く
から酒の匂いをプンプンさせ、耳に赤鉛筆を挟んだドガジャンのおじさん達が思
い思いの場所を陣取り、1階の窓口には酸いも甘いも知り尽くしたようなおばち
ゃん達の顔がズラッと並んでいた。父はと言うと、私の手前もあってか朝から酒
の匂いを発してはいなかったが、平日には決して着ないようなダブルのスーツを
身にまとい、ピカピカに磨いた革靴を履き、絹のように細く黒い髪をオールバッ
クに撫でつけ、と普段とまったく違うナリをしていた。そしてその頃にはもう、
父の競馬好きは趣味と呼べる代物ではなく、生活習慣病もすっかり通り越して、
立派な中毒患者になっていた。
 ある時、私は聞いてみた。
「なんでいつもアタシだけなの?なんでママもお兄ちゃんも一緒じゃないの?」
と。
 すると、父は大真面目な顔でこう言った。
「処女は勝利の女神なんだ。だから、お前だけを連れて行くんだ」と。
 こうして処女の意味など知る由もなく、しょしょしょじょじ〜しょじょじのに
わは〜♪と歌う私の手を引いて、父は私を黄色いビル最年少の常連へと仕立てて
いった。

 「競馬はロマンだ」と言う人がいる。勝っているうちは、その通りと心底賛同
できる。ところが、秋競馬も佳境を過ぎ、負けが込んだまま12月に突入すると、
寝言は寝てから言えと思うようになるのだ。木枯らしが骨身に凍みるこの季節、
懐の寒い人間にロマンは必要ない。
 「ボーナスなんかクソくらえ。そんなもんはてめぇで稼げ」
 ボーナスとは生涯縁のない職人だった父の口癖に励まされながら、やはりボー
ナスとは縁のない私は、週末になると馬柱を眺める。
 「勝負は時の運。だが、勝負事は勝たねばならん。なぜなら、ロマンを語れる
のは勝った者だけだからだ」
 時々もの凄い真理を口にした父の言葉を噛みしめながら、私は締め切りの迫っ
た原稿もそっちのけで競馬新聞とにらめっこをする。そして、母はそんな私を冷
ややかに見つめながら、父に言っていたのと同じようにつぶやくのだ。「競馬で
蔵は建たないよ」と。
 母の言葉もまた真理。だが、どこ吹く風と、私の体をすり抜けてゆく。

 今年ももうすぐ、あの日がやって来る。暮れの大一番、グランプリ 有馬記念
の日がやって来る。「有馬良ければ、すべて良し」と古くから言い伝えられて
いる大事なレース、それが有馬、それがグランプリレースなのだ。勝ってロマン
を語りたい。
 しかし、このレースは勝つことだけがすべてではない。このレースだけは、ア
レやコレやと欲に惑わされることなく、自分らしい勝負がしたい。そうでなけれ
ば、勝っても負けても正月5日の金杯までの日々を暗澹たる気分で過ごす羽目にな
るからだ。
 そう遠くない昔、週末になると何処からともなく黄色いビルに現われては、モ
ニターに向かって罵声と嬌声を浴びせかけていた名もない人たち。カップ酒を手
に身銭を切った真剣勝負に明け暮れ、歌い、踊り、笑い、そして泣き、日暮れと
ともにさっぱりした顔で散って行ったあの人たちの姿をあの場所で見ることはも
うないだろう。
 だが、私は憶えている。黄色いビルの怪人たちの後ろ姿を、私が憶えている。
己に勝って、正月の冷たく澄んだ空気を胸いっぱいに満たしたい。そう思って
いる。


山本 優子:yuco@h4.dion.ne.jp
コピーライター

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●「ただの石」・榊原 柚


                1.

 思い返してみても、自由でなかった時なんてない。
 まず好きにテレビを見るために、いい大学にストレートで入ることができる
付属中学を受験した。中学生になると思いのままに場所を移動するためバイクを
盗んだ。高校生の時は酒を飲んで後輩にも飲ませ、渋谷センター街の中に救急車
を呼んだ。
 大学生になると国内にいくつもの根城をつくり、観光に行ったロスで薬とセッ
クスを習得した。就職面接にそれを体験談として語って採用になり、会社員にな
ってからも毎日欲求のままに飲み食いし、しかし毎日欠かさずプロテインは飲む
ようにして、逞しい体を自由に手に入れた。

 仕事もまあ面白い、自分の気の向くまま人間を使えるようにもなった。次のCF
の予算も順調に下りたので、年明けからは旬のモデルを使って東北でロケだ。あ
とは自分とそいつだけ早く行くか、遅くまで残る方法を考えればいいだけ。後で
あんまりしつこくされるのがイヤなので、酒を入れてからにしよう。彼女には地
酒をすすめておきながら、自分はこっちのほうがとか言ってスキットルなんか舐
めて、酔わずにきっちり楽しもう。小瓶の蓋に匂いを付けておけば大丈夫だろう。

 新年の計を、久しぶりに故郷で立ててみるかという気になった。そういえば大
学入学以来、金の必要もなく連絡もろくにとっていない。親のことを自発的に考
えるようになったなんて自分でも大したものだ。成長したのだろう。
 十二月になるとチケットショップでも新幹線は高い。一緒に寝なくても怒らな
い十三番目の根城に住む女、名古屋までは彼女持ちで行ける。そこへ大阪の女を
呼び出して、みそおでんでも食べた後で酔ったふりしてラブホで寝てから新幹線
に乗って新下関まで移動。ローカル線や船まで一緒に乗りたくはないから女は新
幹線に寝かせておいて。船代だけは自腹で仕方ない。

 一日三便のフェリーの最終便に乗った時には、雪がちらついていた。CMよろし
く酒でも土産にするのもいいかと思ったが、そこまでするのも成り切りすぎて怖
いと思ってやめた。
 島について、昨年改築したはずのこじんまりした実家の戸口に立った。警察の
ものらしい張り紙が、ドアの真ん中に貼ってあった。家の周りを三周ほど回って
みた。一周めでその張り紙の言葉の意味を、二周めで独りで住んでいるはずの父
親の状況を、三周めで自分に何の考えも浮かんで来ないことを自覚した。


                2.

 彼の父は亡くなっていた。
 しかも、彼の小学校時代に親友であった若い男に本島で借金をし、酒場でその
男に追い詰められたために殺してしまった後、自殺したのだった。彼にそのこと
を知らせる親戚や友人はいなかった。警察や新聞社に行って調べてわかったこと
だった。
 彼の父も、味方の少ない人物だった。

 状況は別に、何も変わらない。葬式の必要もなく遺書もない。島の人達に責め
られることも、罪の意識も、悔しさもない。彼は今まで自由にやってきて、これ
からもそれが続く、そういうことだ。
 お前には選択の自由がある。そう言われていたら、彼はもう少し早く不自由な
自分を自覚できたかもしれない。今まで何でも意思のままに行ってきた。自由を
選ばなければならないことが最も不自由なことだと知らずに。
 彼は、自覚の中では初めて、自由を奪われた。いま確実になったのは、彼は転
がり続ける石だ。自らの意思で転がるのではなくて、転がるしかないただの石。


                3.

 フェリー乗り場に戻った。用事もないので帰るまでだ。どこへ?よく、わから
ない。フェリーは明日の朝まで来ない。膝を抱えてみた。

 何を求めて今年、実家に来たのか、自分自身、想像に難くない。血縁、環境、
ある時期からずっと変化することのないものに身を任せて、自らのコントロール
を少しの間、休みたかったのだ。
 いっそ本当に、裏の岩山の上から転がってみようかとも思う。できるはずもな
い。誰かとの関係において、縛られることを自覚なく受け止めて安堵するような
時は来ない。これからも無自覚に、転がるような、一瞬の接地面のような関係を、
繰り返していくだけなのだろう。

 なのに、この安心感はなんだろう。心が空洞になるようだった。スキットルが
振っても出なくて、なぜか少し安心する、その気持ちに似ている。
 海の向こうに日が沈んで、静かだが急に寒くなり始めた。手を袖から引っ込め
て胴体に回すと、自分の体温同士で温め合える。昨日のラブホよりもよっぽど心
地よく眠れそうだった。


榊原 柚:ur7y-skkb@asahi-net.or.jp
青瓶デスク

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緑坂 2505
                十二月を走る馬。




■ 雲が流れている。
 今年最後の雲だ。



■ 馬が走る夢をみた。
 優雅だったり、暴れていたりする。
 毎日は次第に濃くなってきて、そのまま床に眠る。
 夢の中でひずめの音を聴く。


03_12_31
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緑坂 2506
                とんまなかわらけ。




■ 手入れをしていない。
 モズク酢みたいである。
 と、いうと、確かにそうだから怒った。
 旦那サマオツカレ。


03_12_31

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●本日のウダツ

 さる12月21日(日曜)、東京は有楽町にて、青瓶忘年会が開催されました。
 お集まりいただいたのは、男性12、女性6。総勢18名の行進です。場所は喧騒も
心地よい、ガード下の大衆酒場。題して「青瓶安酒行進曲」。
 お湯と焼酎、徳利を囲んで輪が3つ、4つ。それぞれを包む柔らかなフィルター
が、しばしば触れて重なり、またゆっくり移っていきます。
 何時間か後の翌朝には、せわしく人の波が寄せるJRの駅。ゆるやかな酔いの中
二人、三人、青い瓶を抱えた大人達が緩やかに家路を歩む景色に、憧れの気持ち
を感じました。
 さて、これからが冬です。

 引き続き、原稿を募集いたします。次回のテーマは
■「兎とサングラス」
 締め切り:1月18日(日)24時とさせていただきます。
 発行予定:1月下旬
 宛て先 :下記の青瓶副編、デスクまで。
  ・青瓶副編集長 榊原(ur7y-skkb@asahi-net.or.jp)
  ・青瓶デスク 平良(taira.s13@mbh.nifty.com)
 今年もありがとうございました。皆様、どうぞよいお年を(青瓶副編 榊原)。


(やんわり湯気立つ青瓶BBS、お立ち寄りのほどを)
BBS:http://bbs.melma.com/cgi-bin/forum/m00065121/
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■「青い瓶の話」                              2003年12月31日号 No.57
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□編集長:北澤 浩一:kitazawa@kitazawa-office.com
□副編集長:榊原 柚
□「青い瓶の話」BBS:http://bbs.melma.com/cgi-bin/forum/m00065121/
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