メルマガ:ニューヨーク・ブラックカルチャー・トリヴィア(ハーレム)
タイトル:NYBCT#175/ハーレム お散歩ブギウギ  2003/12/14


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          New York Black Culture Trivia #175
     ニューヨーク・ブラックカルチャー・トリヴィア

          ハーレム・お散歩ブギウギ

            2003/12/13
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 ここのところ休んでいた「ハーレム・ウォーキング・ツアー」を再開
した。「ハーレムに行ってみたい」「でも、パッケージ・ツアーじゃ物
足りない」「こわい、こわいって言われているけど、実際、どうな
の?」という人が申し込んでくれる。ほとんどは日本からニューヨーク
観光に来た人たちだけれど、中にはニューヨークに留学や仕事で長期滞
在している人、アメリカの他州に住んでいて、ニューヨークに遊びに来
たという人もいる。


 そういった、良い意味での好奇心満々な人たちと、ハーレムを3時間
みっちりと歩く。真夏の暑さも、冬の寒さも、それぞれがニューヨーク
の魅力だから、天候なんか気にせず、どんどん歩く。いろんな店に入っ
て店員とおしゃべりし、通行人が声を掛けてきたらそれに応え、にぎや
かな商店街、歴史ある高級住宅地(ハーレムにもあるのだ、これが)か
ら、いわゆるゲットーまで、とにかくハーレム中をうろつく。


 今日はツアー再開の初日だったので『H&Mアート・ギャラリー・オ
ブ・ハーレム』のオーナーと店員が「おぉー、久しぶりだね、元気だっ
たかい?」と歓迎してくれた。ふたりとも「モハメッド」という名前な
ので、右を向いて「モハメッド、久しぶりね」、左を向いて「あなたは
元気だった? モハメッド」と、ややこしい挨拶を返す。


 この店は黒人絵画の専門店だ。ブラック・イエス、ブラック・マリア
を描いた宗教画、マルコムXやキング牧師、ジャズ・ミュージシャンや
バスケ選手、黒人カウボーイ(西部開拓時代に実在した)を描いた作品
が、店内の壁をぎっしりと埋めている。なかなか壮観だ。


 オーナーのモハメッドは、「最近、日本のガイドブックを持った日本
人客が時々来るんだ」「君もお客を連れて来るし」「そうだ、日本人客
には特別割引をしよう!」「うーん、20%オフだ!」と、ひとり盛り上
がり始めた。「じゃあ、クーポン券でも作る?」と訊くと、「いや、日
本人なら誰でもディスカウントだ!」と大胆発言。陽気にツアー客と握
手するオーナー・モハメッドの背後で、普段から物静かな店員モハメッ
ドは、「やれやれ」といった顔で立っていた。

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 ハーレムには西アフリカ諸国からの移民も多く、ハーレムで成功して
いる人たちもいる。アフリカ産の生地屋『ジェマ・インポ−ツ』のオー
ナー、モクターもそのひとりだ。いつもダシキ(*)を着て、なんだか、
おっとり呑気そうに見えるけれど、実はなかなかのビジネスマンで、今
ではブルックリンに2号店も構えている。


 このモクターが、最近出版された『Spirit of Harlem』という写真集に
登場している。この本は、ハーレム在住のアーティスト、スポーツ選
手、地元に根差した活動をしている人たちなど数十人を撮影し、本人の
コメントを併記したもの。


 ここでモクターが語っていることが、なんともシブい。今、手元にな
いので、ちょっとうろ覚えなのだけれど、その要旨は以下。
 「一年に一度、故郷に帰る。故郷の人たちは、『モクター、君がいな
くて寂しかったよ』『なぜ、もっとひんぱんに帰ってこないの?』と言
う。僕も故郷は恋しい。けれど僕は今ハーレムに住んでいる。僕はもう
ハーレムに属しているんだ」。


 故国を出てアメリカという異国に永住を決めた人間の潔さと寂しさが
滲み出た、なんともいえず含蓄のある言葉だ。普段は淡々と商売にいそ
しんでいるモクターだけれど、心の中にはやはり複雑な思いが潜んでい
るだろう。


*ダシキ=アフリカ風の派手な柄のシャツ。アメリカでも70年代に流行
り、スティービー・ワンダーなどが着ていた

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 にぎやかな125丁目を過ぎたら、大学の構内を通り抜ける。歴史ある
壮麗な建物と鮮やかなグリーンの芝生の落ち着いた佇まいに、多くの人
が「これがハーレムとは思えない」と驚く。


 まるで映画にでも出てきそうなキャンパスを歩いていると(テレビド
ラマのロケには、よく使われている)、ハーレムの中にある大学である
にもかかわらず、黒人の、特に男子学生が少ないように思える。実際、
アフリカン・アメリカンの男子は、女子に比べると大学進学率が極端に
低い。


 それにはさまざまな理由がある。黒人地区にある公立小学校の基礎教
育のレベルの低さ。黒人ティーンエイジャーが抱えてしまう「勉強なん
かしたって、どうせ…」的なあきらめ。加えて、ギャングやドラッグ
ディーラーからの“リクルート”。最初は簡単な使い走りから始まるら
しいけれど、とりあえず現金を目の前に差し出されるので、ドロップア
ウトへの大きな誘惑となる。

            ・・・・・

 ハーレムにも高所得者の暮らす閑静な住宅エリアがある。美しく整備
された住宅が並び、停まっている車はBMWやレクサス。職業もウォール
街の証券会社勤務や医者、黒人雑誌の編集者やジャズ・プロモーターな
ど。


 一度、ここの住人である女性と、なにかの修理に来たらしい男性が、
女性の家の玄関口で口論を始めたことがある。すると、たちまち隣家か
ら上品な年配の女性が出てきて、「ふたりとも、まぁまぁ…」と仲裁
し、それを眺めていた私たちに向かって、「あのね、ここは普段はとて
も静かなところなの。さっきみたいなことは滅多に起こらないのよ」
と、なんとも残念そうに、説明とも、言い訳ともつかないことを言った。


 ハーレムの平均所得は白人エリアに比べるとやはり低く、だからこ
そ、ここはゲットーと呼ばれる。けれど住人の中には、ハーレムを出て
白人の多い高級住宅エリアに住めるだけの所得がありながら、あえて
ハーレムに留まっている人たちがいる。ハーレム独自の歴史と文化を誇
り、愛している人たちだ。その代わり、彼らは自分たちが暮らしている
ハーレムの中の高所得者エリアを、常に良いコンディションに保ってお
こうと努力する。

          ・・・・・

 ハーレムの中に一ヶ所、見事なグラフィティーが描かれている場所が
ある。かつては学校だった古い建物の外壁だ。毎年秋にそこでイベント
が行われ、グラフィティーもそのたびに描き直されるので、今あるもの
もスプレー塗料の匂いがしそうなほどフレッシュだ。


 観光客は、ここで必ず写真を撮る。今日も男性ふたりが撮影をしてい
ると、年配の女性が「私は写さないでよ」と笑いながら、グラフィ
ティーの前を横切った。「大丈夫ですよ」と声を掛けると、女性は「こ
こはまた高校になるのよ」と教えてくれた。ハーレムでは地元の情報
は、大抵こんなふうに人の口から伝わる。

            ・・・・・

 ハーレムでもっとも荒れた地区を歩いていると、ツアー客のひとりが
つぶやいた。「あ…、便器がゴミ箱に入ってる…」。見ると、公園前に
置かれている大きな金網製のゴミ入れに白い便器が入っていた。普通な
ら粗大ゴミの日に出すべきモノだけれど、“ドゥ・イット・ユアセル
フ”で便器を取り替えた後、粗大ゴミの日まで手元に置いておきたくな
かったのだろう。ハーレムの人は節約のために、大抵のことは自分でし
てしまう。便器を公道に捨てるなど褒められたことではないけれど、捨
てた人間は、少なくとも道端に放置することはせず、せめてもの罪滅ぼ
しにゴミ入れに入れたのだろう。


 このハーレム随一のゲットー地区も、最近になって遂に再開発が始
まった。立ち並ぶ廃墟を改装し、新たな住人を募るのだ。廃墟は、風景
として眺めれば特有の美しさがあり、特に写真を撮る人にとっては格好
の被写体になる。けれど、住人にとっては百害あって一理なし。無くな
るに越したことはない。


 このゲットーには、ドラッグディーラーが多い、上記の便器の件も含
めて公衆衛生が行き届いていないといった数々の問題はあるものの、低
所得ではあっても真面目な人々が多く暮らしており、特有の親密な近所
付き合いがある。それが無くなるのは、それはそれで寂しいことのよう
にも思える。

            ・・・・・

 ツアーを始めてから3年が経つ。本業が忙しくなるたびに休むので断
続的ではあるものの、同じルートを繰り返し歩くことにより、ハーレム
という街の変化をつぶさに見てきたことになる。これからも再開発はど
んどんと進められていく。この先、ハーレムは一体どう変わっていくの
だろう。


●ハーレム・ウォーキング・ツアー
http://www.nybct.com/11-tour.html


H & M アート・ギャラリー・オブ・ハーレム
H & M Art Gallery of Harlem
5 W. 125th St. (bet. 5th & Lenox Ave.)
TEL:(212)831-9176
※「日本人だ」と言えば、本当に20%オフになります。本当です。


ジェマ・インポーツ Djema Imports
70 W. 125th St. (bet. 5th & Lenox Ave.)
TEL:(212)289-3842
http://www.djemaimports.com

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             お知らせ


●連載エッセイ「NYエスニック事情」
   12/5号は「ハーレム」の巻(押し寄せるハーレム再開発の波。
   老舗フェドラ専門店の運命や如何に!)

  在米邦人向け雑誌 U.S. FrontLine 毎月5日号掲載  
  ※東京の有隣堂書店・各支店でも販売開始
   http://www.nybct.com/8-profile_yurindo.html

※入手希望の方は有隣堂もしくは以下に問い合せてみてください
  U.S. FrontLine News Inc.
  http://www.usfl.com
  toiawase@usfl.com(日本語)

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●連載エッセイ「125th Street, Harlem」
    ファッション雑誌 LUIRE(ルイール)
    リットーミュージック刊 1月号(11/26発売)
    「グッドタイム/バッドタイム」
    (ハーレムの犯罪発生率がもっとも高かった頃って…)


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発行人:堂本かおる Keidee@earthlink.net
バックナンバーはホームページで http://www.nybct.com
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