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―――――――――――――――――――――――――――――――――――― ■■■ 青い瓶の話 ■■■ ■■■ 薄荷色の海。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――― 2003年9月5日号 No.46 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●青瓶デスク・平良責任編集-「晩夏に聴きたい曲 1」 ○「薄荷色の海」・市川 曜子 ○「あとは歳をとるだけ」・平良 さつき ○「夏は知っている」・十河 進 ○「緑色の坂の道」 北澤 浩一 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●「薄荷色の海」・市川 曜子 夜中にキース・ジャレットのケルン・コンサートを聴いていた。もっと体の力 を抜きたくなって、お湯にに浸かりながら聴くことにした。しかし、CDデッキ は奥の部屋に備え付けてあり動かせない。 私の家は東京の外れにあり、隣家との距離は都会ほど接していないが、それで も夜半は音量を下げる。それに私は数年前に患って、片方の耳のある一定の音程 が聞き取りにくい。広くない家だけれど、風呂場で耳を澄ませても、キースのピ アノは高音部分しか聞こえてこない。窓の下で鳴いているコオロギの声の方が大 きい。 持っているCDはさほど多くない。周囲に音楽を生業としている友人が幾人も いるが、彼らの膨大なコレクションに比べると、私のCDなど小さな引き出し一 段ほどにしかならない。そうしてそのどれもが、季節で例えれば晩夏から初秋、 または冬。つまりはあまり陽気でないような音だ。皮膚の温度が上がらないよう な音。 「ジャズばかり聴いていると、人生棒に振ったような気分になる。」と言った、 ロック好きの知人の言葉を思い出す。 もう何年も海を見ていない。最後に見た海は夏の終わりの西海岸だった。夕暮 れ近くの砂浜は、人も少なく海の色も褪せていた。 だぶついた黒いTシャツを着た、太ったヒスパニック系の母親が、走り回る子 供たちを大声で呼んでいる。父親らしい大きな男は、強くなってきた風の中で、 黙々とバーベキューの準備をしている。 海岸沿いの駐車場に止めた車を降りるとき、「砂浜なんて汚いだけだ。」と言 われた。私は海まで行きたかったけれど、車の横にただ立っていた。足にぴたぴ たと纏わりついてくるポテトチップスの袋を気にしながら、薄い色にに変わって いく海を見ていただけだった。翌日、私は1人でその町を離れた。 日本へ戻る朝に手に入れたCDを、今の時期になると聴いている。 「リフレクションズ」ブラジルのピアニスト、ジルソン・ペランゼッタと、アコ ースティックギターのセバスチャン・タパジョスのデュオのアルバム。ブラジル のプレイヤーだけれど、ボサ・ノヴァだけのアルバムではない。ジャケットには、 二人の後ろ姿の向こうに、薄荷色の海が写っている。力を入れすぎて疲れた夏の 終わりに聴くには心地よい。湯船の中でなら、なおよいかもしれない。 市川曜子:wq2y-ickw@asahi-net.or.jp 画家 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●「あとは歳をとるだけ」・平良 さつき 眼光の鋭い人だった。 単身上京し、プロボクサーを目指し日夜ジムで練習に明け暮れていたが、スパ ーリングの相手を誤って再起不能にしてしまい島に戻って来た、と人から聞いた。 血縁でもない彼に、どういうわけか幼い私はなついた。ろくに職にも就かず、 昼間から酒臭いこともしょっちゅうだったが、彼も私をかわいがった。草野球、 いかがわしい飲み会、浜での車の運転、何処へでも連れてってくれた。私が親に 叱られていると、真っ先にかばってくれたりもした。 夏のある日、数人の大人に混じって小川に蟹捕りに行った。陽も落ちかけて辺 りは薄暗かった。私は先頭にたちずんずん歩いた。仕掛けのポイントまでもうす ぐという所で、鎌首をもたげたハブに遭遇してしまった。足がすくんで動けない。 やばいと思った次の瞬間、彼の腕の中にいた。その後の事は全く記憶に無い。私 も彼も無事だったらしい。タバコと汗の匂いだけは、うっすらと憶えている。 あんなにいつも一緒にいたのに、歳を重ねるにつれて彼とは段々と疎遠になっ ていった。私には初めての彼氏ができ、彼はしっかり者の女性と結婚した。道で 会うと、妙な恥ずかしさがあった。 大学進学を控えた高三の夏休み、受験勉強の息抜きにビデオを借りた。リュッ ク・ベッソン監督の「レオン」だった。なんじゃこりゃ、と思った。無精ひげで 寡黙な主人公と、生意気で背伸びばかりしている少女。 私は当時、他のどの大人よりも彼を信頼していた。近所の子供とは遊ばなかっ た。「私はもう大人よ。あとは歳をとるだけ」このマチルダの台詞そのままだっ た。私は、彼になりたかった。 エンディングに流れたのは、STINGの「SHAPE OF MY HEART」だった。その日の うちにCD屋へ行った。何度も何度も聴いた。勉強中も、あのイントロが頭の中を ぐるぐる回った。 先日MTVを観ていたら、甘い歌声の黒人シンガーがこの曲をカバーしていた。久 しぶりにCDをかけた。STINGの声で思い出すのは冷たくなりかけた寮の部屋の壁。 彼のまなざしでも、匂いでもない。 夏はもう、終わりかけている。 平良 さつき:taira.s13@mbh.nifty.com 青瓶デスク ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●「夏は知っている」・十河 進 夏の終わりは、いつも悲しい。おそらく、子供の頃、夏休みの終わりに感じた 切なさやもの悲しさを思い出すからだろう。時は過ぎ、すべてのものに終わりは くる。そんな風に悟るのは、ずっとずっと歳をとってからのこと。夏休みが終わ るなんて、僕には理不尽だった。夏は、永遠に続いてほしかった。 だから、今でも夏の終わりが嫌いだ。去りゆく夏と共に訪れる何とも言えない 悲哀感が嫌いである。夏の終わりを惜しみ、悲しみ、泣きたい気持ちになる。寂 寥感に襲われる。だが、一方でそんなセンチメンタルな気分に浸る心地よさも味 わっている。晩夏は挽歌のように悲しみの中に甘美な陶酔を秘めている。 一方、夏の始まりは期待に充ちた新しい何かが始まる季節だった。自由な時間 があり、そこにはいつも無限の可能性が感じられた。田舎の祖父の家で出会った 村の少年、海辺のキャンプ場で出会った少女、そんな具体的な存在はもちろんだ が、漠然とした何かと出会った記憶が鮮明に甦る。 だが、夏は短い。どんなものにも終わりがあるのだという現実を知っていても、 夏の終わりにはそのことを強く思い知らされる。過ぎゆく時間は取り戻せない。 僕の人生には50回以上の夏が過ぎていった。その中に繰り返し思い出す夏もいく つかある。そんな夏を回想するたび、僕には「おもいでの夏」という曲が聴こえ てくる。 ミッシェル・ルグランが「'42年の夏」という抒情的な映画のために作った曲で ある。日本では「おもいでの夏」として公開されたが、テーマ曲は「THE SUMMER KNOWS」のタイトルで知られる。アカデミー作曲賞を受賞し、多くのミュージシャ ンが演奏している。ジャズメンたちにも愛され、僕のCDデータベースを調べると 18枚がヒットした。 フリューゲルフォーンで切々と演奏するのはアート・ファーマー、アルトサッ クスで流れるように吹きまくるのはフィル・ウッズ、硬質なタッチでありながら リリシズム豊かなピアノを聴かせてくれるのはビル・エバンス、ミッシェル・ル グラン自身がピアノを弾いたものもある。切々と歌うのはローラ・フィジィ、ド スの利いた低音で歌い上げるのはケイコ・リーだ。 One last caress, it's time to dress for fall 最後の抱擁を終えたら、秋の服を身につけるとき 夏の終わりを迎えると、僕は言い聞かせるように「it's time to dress for f- all」と口にする。そうすれば、夏は完全に過去になる。夏の想いを引きずらな いための僕の呪文である。 十河 進:sogo@mbf.nifty.com 出版社勤務 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ○緑坂 遅れてくる音。 ■ 夜の高速を走っていると、左右に花火があがった。 田園の、平野の、小高い山のふもとから、時折打ちあがっていた。 パーキングに車を入れて、ぼんやり眺めている。 完全な円を描いている。 消えて暫くすると、太鼓を叩いたような音が届いた。 夏が終わる音のように思えた。 ブルー・サンバ。 ■ 夏になると、ボサノバがよくかかる。 ダルイのだけれども内向的で、よく冷えた部屋で「情事の終わり」を読んでい る若い女のような、傾いたバランスが薄くある。 「ブルー・サンバ」 と、口にだして言ってみると、港の方角に点滅する飛行機の尾灯がみえている。 93.94_atari ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●本日のウダツ ・デスク平良初編集号は、豪華二本立てです。寄稿者の皆様ありがとうございま した。 本号から市川曜子さんが書き手として参加してくださっています。 「薄荷色の海」 青瓶に新しい色みを添えてもらった感があります。 先日夜明けの浜辺を歩いたのですが、数分ごとに変わる波と空の様子はなんと も言い難く、酔って波打ち際ではしゃぐ学生さんたちを羨ましい思いで眺めてお りました。 熱気の薄らいだ海も、また良いものです(青瓶デスク・平良)。 BBS:http://bbs.melma.com/cgi-bin/forum/m00065121/ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■「青い瓶の話」 2003年9月5日号 No.46 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――― □編集長:北澤 浩一:kitazawa@kitazawa-office.com □デスク:榊原 柚/平良 さつき/三浦 貴之 □「青い瓶の話」BBS:http://bbs.melma.com/cgi-bin/forum/m00065121/ ―――――――――――――――――――――――――――――――――――― 登録/解除:http://www.kitazawa-office.com/aobin/ao_top.html 投稿募集/Press Release/感想問い合わせ:kitazawa@kitazawa-office.com Copyright(C) 2003 kitazawa-office.All Rights Reserved.禁無断引用・複製 http://www.kitazawa-office.com/ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ |