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======================================================================== ━┓→ N┃→ 仮想力線電磁気学 ━┛→ ======================================================================== ------------------------------------------------------------------------ ●第3回 概要(その3) ------------------------------------------------------------------------ 当メールマガジンを御購読いただき、誠にありがとうございます。 今回は、主に遠隔作用アレルギー対策(?)のお話です。 **************************************** 8.観測・経験 **************************************** なぜ、多くの人たちは、遠隔作用より近接作用の方が合理的(科学的?)と思う のでしょうか? それは、力(作用)が途中の空間を飛び越えて、離れた場所に直接作用する現象 を目撃・経験することがないからでしょう。 つまり、 1.物体どうしが接している 2.物体間に力(作用)を伝えるものがある のどちらの場合に力(作用)が伝わる… そんな現象しか経験できないからです。 つまり、物体どうしが離れているときは、途中に力(作用)を伝えるものでも無 い限り、力(作用)が伝わることはない、というのが、経験から得た事実という わけです。 経験は、観測の一種と言えます。 観測は、科学には欠かせない検証の手段の一つです。 したがって、科学においては、経験を無視するわけにはいきません。 しかしながら、不十分な観測・経験は、かえって誤った認識を生み出すことがあ ります。 その例を、次に述べましょう。 **************************************** 9.天動説と地球円盤説の教訓 **************************************** 今日、天動説や地球円盤説を信じている人は、一部の宗教信者を別にすれば、ま ずいないといって良いでしょう。 ですが、我々は、これらを信じていた古人たちを笑うことは、決してできないの です。 まだ望遠鏡が無く、人間の行動範囲もごく限られていた時代において…。 太陽をはじめとする星々が、天空を移動するのを肉眼で観測して、 「これは、天が動いている証拠だ!」 と判断することが、はたして非科学的(不合理)なことだ、と言い切れるでしょ うか? 逆に、肉眼による観測によって、地球が動いている確かな証拠が得られるでしょ うか? 地球円盤説は、 『上にあるものが、下に落ちるのが、自然の摂理だ!』 という認識に基づくものですが、地上の世界で起こる現象を見る限り、そうした 認識は、そんなに非科学的(不合理)なことと言い切れるでしょうか? 地上の物体どうしが、重力によって引かれ合う現象など、見ることがあるでしょ うか? むしろ、リンゴが木から落ちるのを見て、万有引力などを思いつく方が、よっぽ ど変人的ではないでしょうか? 地球の裏側では、(自分から見て)下にあるものが上に飛び上がる(?)という ことを、この時代に、どうやって観測できたというのでしょうか? こうしてみると、不十分な観測・経験は、かえって誤った認識を生み出すことに なることが、おわかりになると思います。 **************************************** 11.素粒子のスケールで見ると **************************************** 接していなければ、力(作用)は伝わらない…、 近接作用を絶対視するのも、経験・観測によるものです。 ですが、それは確かなものなのでしょうか? たとえば、キーボードのキーを押し下げることを考えましょう。 指がキーに触れて(接して)、初めて、キーを押し下げることができますね。 このことからすると、近接作用が正しいように思えます。 ですが、本当に指はキーに接しているのでしょうか? 肉眼で見る限りにおいては、そうです。 でも、指やキーといった、物質を構成する素粒子のスケールで見ると、どうでし ょうか? 物質は原子から成り立っており、原子は原子核と、その周りを回る電子とからな っています。 そして、原子核と電子は、接してはいません。 つまり、物質の内部は、実は、スカスカなのです。 にもかかわらず、物質に力(作用)が伝わるのです。 接していないのに、力(作用)が伝わる…、 これは近接作用ではなく、遠隔作用の現象でしょう。 このように、素粒子のスケールで見ると、遠隔作用が正しいのです。 肉眼によって得られる観測結果、すなわち、近接作用こそが正しいという観測結 果は、実は錯覚にすぎなかったのです。 **************************************** 12.異なるスケールで見る重要性 **************************************** 肉眼という巨視的スケールで見ると、近接作用が正しいように見えたのに、素粒 子のような微視的スケールで見ると、遠隔作用が正しかったということは、極め て重要な問題です。 つまり、異なるスケールで見ると、物事が全然違って見えるということです。 そして、このことは、また、特定のスケールだけで物事を見ていてはダメで、異 なるスケール、いろいろなスケールで物事を見ていく必要がある、ということな のです。 実は、人類はこうしたことを、すでに認識済みのはずなのです。 ガリレイは、望遠鏡で、木星(大きな天体)の周りを、衛星(小さな天体)が回 っているのを観測して、地動説の正しさを確信した、と言われています。 望遠鏡は、宇宙を肉眼とは異なるスケールで見ることのできる道具なのです。 一方、ニュートンは、地上のことだけでなく、宇宙の天体の運動にも注目しまし た。 つまり、地上の世界という限られたスケールの問題だけでなく、宇宙というより 大きなスケールの問題をも考慮することによって、万有引力の法則を導くことが できたのです。 このように、ガリレイも、ニュートンも、異なる様々なスケールで物事を見るこ とにより、事実を知ることができたのです。 同じことが、遠隔作用にも言えるのです。 肉眼とは異なるスケールで物事を見たり考えたりしてみることが、事実を知る上 で極めて重要なのです。 **************************************** 13.感覚的ドグマ **************************************** そもそも、『近接』・『遠隔』という区別自体、どこに、その基準や根拠がある のでしょうか? たとえば、東京と大阪の間の距離は、遠いでしょうか? それとも近いでしょうか? 歩いていくとすれば、大変遠い距離です。 しかし、新幹線に乗れば、それほど遠いとは言えないでしょう。 世界地図で見れば、すぐ近くです。 宇宙というスケールで見れば、距離はほとんどゼロ。 点に収束します。 天の川や渦巻き銀河を構成する恒星どうしは、ほとんどくっついて見えますが、 実際には、東京・大阪間の距離よりも桁違いに離れているのです。 こうしてみると、『近接』とか『遠隔』という区別は、全く人間的・感覚的なも のにすぎないことがわかると思います。 つまり、それは、 『どういうスケールで物事を見るか?』 ということで決まる問題なのです。 したがって、このような区別自体、物理の世界においては、無意味なことでしょ う。 まして、 『近接作用の方が、遠隔作用よりも合理的(科学的)だ!』 などという主張は、全く感覚的なドグマとしか言いようがありません。 ここまでくると、遠隔作用に対するアレルギーも無くなったと思います。 そして、むしろ問題は、 『本来、つまり、微視的スケールでは遠隔作用であるはずの作用が、なぜ、巨視 的スケールでは近接作用的になってしまうのか?』 ということになるはずです。 以前にも述べたように、仮想力線電磁気学では、『疑似近接作用』という考え方 により、それが説明できるのです。 ======================================================================== □■ お詫び ■□ 配信間隔が少し長くなってしまって、申し訳ありませんでした。 ======================================================================== 発行者 : tarkun(たーくん) mailto:tarkun2@yahoo.co.jp 配信 : MailuX http://www.mailux.com/ バックナンバーの閲覧、購読の解除、配信先の変更は、下記のHPへ。 http://www.f8.dion.ne.jp/~tarkun/mm/mailux.htm 購読の解除や、配信先の変更は、御自分でお願いします。 ======================================================================== |